作家であり、島尾敏雄夫人でもある著者のエッセイ集。
 奄美大島の南に浮かぶ加計呂麻島で、旧家のひとり娘として育った。戦時中、島の国民学校で教鞭をとっていた彼女は、特攻隊長としてやってきた海軍士官の敏雄と出会い、逢瀬を重ねる。しかし結婚して東京に住居を構えると、敏雄は家に居つかなくなり、著者は精神に異常をきたす。
 敏雄について、彼の作品について、あるいは奄美と沖縄について。著者の回想は豊かな抒情をたたえ、遠い日のきらめきを濃やかに甦らせる。月の美しい夜の島で、まだ恋人だった夫から童話風の小説「はまべのうた」を贈られたこと。そして彼に会うために満ち潮の海岸を着物を着たまま泳いで渡ったこと。かつて敏雄が、島には古事記の世界がそのまま生きていると感じたような心が偲ばれる。

週刊朝日 2016年10月7日号