南桂子の名前を知らないまま、彼女の銅版作品のメルヘン的な世界に親しみを覚えた人は少なくないだろう。少女や小鳥、樹々……。42歳でパリに渡り、70歳を過ぎて帝国ホテルの全客室に作品が飾られた。明治生まれの銅版画家の作品群と生きざまを、日記や縁のあった人々の回想から紹介する。
 南の描く、幸福と哀しみが静かに溶け合うような目をした少女に、「人は自身の孤独を見るのではないか」と有吉玉青。南と同時期にパリに滞在した宮脇愛子は、純真で柔らかな人柄が作品にそのまま表れていると述べつつも、人を辛辣に見て、「人間なんて誰も信じられやしない」と偽悪的に話した一面を回想する。南のパリ時代の日記には、「身にまとい寒さをふせぐものがあれば充分也」とある。脇目もふらず制作に打ち込む姿が美しい。

週刊朝日 2016年5月20日号