誰も戦争を教えてくれなかった

ベストセラー解読

2013/08/28 18:02

 1月に母が、6月に父が他界した。1930年生まれの父は、敗戦のとき満14歳だった。母はその2歳下だった。父は戦場に行ったわけではないが、戦時中の体験について繰り返し語った。ぼくの世代は間接的に15年戦争を知る最後の世代かもしれない。
 古市憲寿『誰も戦争を教えてくれなかった』は、直接的にはもちろん、間接的にもほとんど戦争を知らない世代が、戦争博物館を訪ね歩いて考えた長編評論である。古市は1985年生まれだ。
 登場する人の名前の後ろに(+40)とか(-15)という数字がある。1945年を軸にして、何年後に、あるいは何年前に生まれたかを示している。ぼくは(+13)だ。何歳のときにどこで敗戦を迎えたかはとても重要だ。同じできごとでも受け止め方は違うから。
 著者は世界のさまざまな戦争博物館を見て回る。パールハーバーや南京やアウシュビッツをはじめあちこちを。もちろん日本国内も。あきらかになるのは、日本の戦争博物館(あるいは平和博物館)の異常さだ。
 まず日本の施設の多くは、起きたできごとを事実として残すことに不熱心だ。収集し分類し保存し研究する博物館というよりも、慰霊のためのモニュメントとしてあるようだ。それはそのまま15年戦争に対する日本の行政の態度にもなっている。記憶したいのか忘れたいのかどっちつかず。だが日本の態度は世界的に見るとスタンダードでもなんでもない。
 戦争を記憶している世代が生きているうちはそれでもよかったのかもしれない。誰も戦争を知らない時代はどうするのか。どう記憶していくのか。
 古市の文章は軽く、フットワークはもっと軽い。しかし、だからこそ足りないところや過剰なところを的確に指摘する。教育委員会が『はだしのゲン』を生徒たちに見せるなというような市まであらわれる時代だ、戦争を記憶し伝えることは難しい。

週刊朝日 2013年9月6日号

誰も戦争を教えてくれなかった

古市憲寿著

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誰も戦争を教えてくれなかった

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