高校時代、化学が苦手だった。「水兵リーベぼくの船、七曲がりシップス……」と語呂合わせを頼りに無理やり覚えた元素周期表などは、今見ても虫酸が走る。
 そんな私がこの『元素図鑑』を書店で手にとったのは、タイトルにある「図鑑」の文字が放つノスタルジックな魅力とカバーに組まれた奇妙な写真群、帯に大きく印刷された「元素の見方が変わる!」というコピー、そして何より、手軽な新書版サイズのせいだった。
 内容もコンパクトにまとまっていて、各元素は統一されたデザインにしたがって、原子番号順にそれぞれ一ページで紹介される。解説文も簡潔でわかりやすく、解説ページの前後には、各元素に関連する美しいカラー写真がならぶ。たとえばクロムの場合、ゴッホの「アルルの跳ね橋」の写真が登場し、〈ゴッホが好んで使った黄色は、クロム酸鉛を主成分とするクロムイエローという顔料による〉といった説明文が添えられている。
 原発事故をきっかけに誰もが知るところとなったセシウムを含有するポルックス石、ダイヤモンドに次ぐ硬度を誇るホウ素、金属の耐熱性や強度を上げる添加剤として使われるニオブ……耳にはしても見たことがなかった各元素の写真。それらにひきつけられてつい読んでしまう解説にも、〈(水素は)宇宙にもっとも多く存在する元素で、宇宙全体の元素質量の約75%を占めている〉とか、〈(金の)元素記号はオーロラや太陽の輝きの美しさをあらわすラテン語Aurumに由来する〉など、興味深いものが多くあって飽きない。
 なお、この本の著者である中井泉は、すべての元素を研究対象としつつ考古遺跡や文化財の物質史も解読する化学者だ。美術や考古学とともに元素に近づくその方法で授業を受けていたら、私は化学を嫌いにならなかったかもしれない……と詮ないことを思いつつ、この世界がたった92個の元素の組みあわせでできている不思議に、今あらためて感じ入っている。

週刊朝日 2013年6月21日号