ふるまわれたお菓子「春のうた」。母親が娘と離れ離れになり、半狂乱になって探す能の演目「桜川」をモチーフに、運命的な再会を果たして喜びに舞う母親の姿を表している photo 松永直子
ふるまわれたお菓子「春のうた」。母親が娘と離れ離れになり、半狂乱になって探す能の演目「桜川」をモチーフに、運命的な再会を果たして喜びに舞う母親の姿を表している photo 松永直子

 参加者たちにお菓子と薄茶をふるまう際も、そんなオリジナルの茶道具が使われた。豊臣秀吉の黄金の茶室を思わせるゴールドの茶碗は陶芸家・桑田卓郎氏の作。抹茶をすくう茶杓は、アクリルアートで知られる俵藤ひでと氏がコンビニエンスストアのパフェスプーンから着想を得て削りだした一点もの……。松村さんが茶道具の由来やエピソードを話すのを聞きながら、和菓子作家・坂本紫穗氏が、やわらかな春の陽ざしの中で花と戯れる蝶を雲平(もち米を原料に造られる落雁に似たお菓子)と琥珀糖で表現したオリジナル干菓子「春のうた」を口に入れると、参加者たちはほっこりとした笑顔に。

 会場からの質問にも、気さくに答えた。「自分もお茶を習っているけれど、決まりごとが多くて覚えられない。どうしたらいいのか」という質問には、「覚えられなくていいんです」。作法を覚えよう、覚えなければ、と自分を追い込むのではなく、作法を覚える以外の楽しさを見つければいい。自分にとってのお茶の楽しみを見つけることや、愉しいと感じる感性を持つことが、豊かさにつながると松村さんは言う。

「常に新しいことにチャレンジしている松村さんの茶道で、これだけは守りたい、ということは何ですか」という質問には、「実は、後悔していることがあるんです」。大規模なお茶会で、スカル(骸骨)の茶碗を使ったときのことだ。客人の一人が「こんな茶碗では飲めない」と声を上げた。もちろん、その客人には茶碗を取り換え改めて薄茶をふるまったが、ほかにたくさんいる客人への対応に追われ、それ以上のコミュニケーションをしなかったという。

「あの時のことは後悔しています。茶会の基本は、お客さまを喜ばせることですが、あのお客さまにも、あのスカルの茶碗に込められた思いをお話したり、お客さまのお話を聞いたりして、喜んで帰っていただけるようにするべきでした。あたらしい茶道を追求しながら私が守るべきは、やはり、お客さまを喜ばせる、というだろうと思います」(松村さん)

 その言葉通り、参加者一人一人が手にする本にサインし、求められれば一緒に写真に収まり、一人一人を丁寧に送り出して、イベントは終了した。

(文 生活・文化編集部)