楽屋で、メイクの亜季ちゃんに、「ヤバイ、亜季ちゃん、俺、緊張してきたわ」と言ったらスマホをいじっていた亜季ちゃんは軽く笑っただけの薄いリアクション。

 もう、これ、なんだったら、帰っちゃおうかなと思っていた矢先、「佐藤二朗さん、お出番です」と呼びに来た実行委員の女性。

「お、俺、き、緊張してます」と、実行委員の人に言っても仕様がないだろという胸中を吐露したら、「…はい」と、もはや薄くさえないリアクション。

 もう、この時の僕の頭は、この一語で埋め尽くされていました。

「無難」

 とにかく、無難に。無難なスピーチをして、この場を乗り切ろう。当たり障りなく、差し障りなく、とにかく、無難スピーチ。ブナンスピーチ。ぶなんすぴーち。

 念仏のように無難スピーチと唱えながら暗い舞台袖に行くと、同じく最優秀男優賞を受賞し、僕の一つ前にスピーチをする松坂桃李がスタンバイしています。

「や、やっぱりアレだな、雰囲気、げ、厳格だな」

 舞台袖で小声でそう言ったミスターブナン俳優に、桃李は冗談めかした笑みを浮かべながら、

「先輩、この雰囲気、変えてください」

「こ、断る。む、む、無理。君が変えてくれ。そのあとの俺が話しやすいように」

 などと話してるうちに、桃李の番に。

「行ってきます」

 と、この世のものとは思えない爽やかな笑顔をブナン俳優に向け、桃李は颯爽とステージへ。

「えっと、先ほど舞台袖で佐藤二朗さんに、『俺が喋りやすいように場を温めておけ』と言われまして」

 なんと!と、と、桃李!バ、バ、バラした!しかもお客さん、めっちゃ笑ってる!そして、お茶目な冒頭から、チャップリンの名言を引き合いに出して、作品への深い感謝と共に、ムチャクチャ素晴らしいスピーチをしてる!

 おのれ~桃李!さすがだぞ!桃李!あっぱれだぞ!そして奥さまご懐妊おめでとう!

 さて、一方、舞台袖の僕はというと、気づいたらマイクなしで(←当たり前。舞台袖だからマイクはまだ渡されてない)、「桃李!バラすなよ!」と、お前は小学生かという語彙の発言を大声で叫んでました。

「すみません!」と、これまた爽やかな笑顔で恐縮する桃李。沸きました。会場は沸きましたが、この時点で、僕の頭は以下のようになっておりました。

「…あ、無難。どうしよう、無難。すでに全然、まったく無難じゃない、舞台袖から大声で叫ぶなんて、全然ブナンじゃない、どうしよう、無難」

 無難プラン、早くも崩壊。舞台に出る前に崩壊。

 ブナンを失ったブナン俳優は、自分の出番の時、僕のあとにスピーチする、最優秀女優賞の広瀬すずちゃんに、桃李のマネをして「行ってきます」とカッコよく言ったつもりが「行ってきなつ」と妙な噛み方をする始末。

 で、結局スピーチも、終始わちゃわちゃして、小学生でも、もう少し落ち着いて話すだろうという感じになっちゃったぜ。てへ。

 さて。

 突然ですが宣伝をば。

「さて」の一語で切り替わるような内容ではないのですが、強引に切り替わる。

 いよいよ今月です。

 12月17日土曜日に前編、12月24日土曜日に後編。

 ともに73分。夜10時から。

 土曜ドラマ「ひきこもり先生」シーズン2。

 NHK総合にて。

 ブナン俳優が、まったくブナンじゃない感じで演じております。

 是非。

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佐藤二朗

佐藤二朗

佐藤二朗(さとう・じろう)/1969年、愛知県生まれ。俳優、脚本家、映画監督。ドラマ「勇者ヨシヒコ」シリーズの仏役や映画「幼獣マメシバ」シリーズの芝二郎役など個性的な役で人気を集める。著書にツイッターの投稿をまとめた『のれんをくぐると、佐藤二朗』(山下書店)などがある。96年に旗揚げした演劇ユニット「ちからわざ」では脚本・出演を手がけ、原作・脚本・監督の映画「はるヲうるひと」(主演・山田孝之)がBD&DVD発売中。また、主演映画「さがす」が公開中。

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