藁をもすがる思いで門を叩いたのが、不妊治療を行うクリニックだった。不妊治療を専門とするクリニックに、性交を一度もしたことがない夫婦が行くハードルも「相当なものだった」(A子さん)が、ネットの口コミで「些細なことにも耳を傾けてくれる先生」とあったのが背中を押した。

 3年間の交際期間、6年間の夫婦生活の中で、一度も性交が実現していないこと。自分たちなりに試行錯誤を続けているが、どうしてもうまくいかないこと。妊娠を希望するようになって、今の状況に強い焦りを感じていること……。相手はいくら医師と言えども、初対面の他人に話すには、とても勇気がいる内容だった。

 医師はゆっくりうなずきながら、顔色ひとつ変えずに話を聞いていた。その後、医師から発せられた言葉は意外なものだった。

「珍しいことではありません。今、そういう方がとても多いんですよ」

 医師が言うには、同じように性交ができないという悩みを抱えて相談に訪れる夫婦は決して少なくないという。主に女性側の問題である「挿入障害」や、男性側の問題である「勃起障害」や「射精障害」、さらに性的な興奮が起きないなど、いわば性反応がうまく起こらない状態を総称して「性機能障害」と呼ばれることを知った。

 A子さんの場合には、典型的な挿入障害にあたり、少しずつ慣らしていくことで改善されるケースも少なくないという。

「ただ年齢を考えると、あまり悠長なことを言っていられないのも事実です。性交渉の代わりになる手段を並行して試すことから始めましょう」

 医師から提案されたのが、採取した精液を、針のない注射器=シリンジを使って膣に注入する「シリンジ法」と呼ばれる方法だ。Amazonなどの通販サイトなどでも手軽に入手することができ、ここ数年で妊活に使用するカップルが増えている。

 タイミング法と同じく、排卵日近辺に行うことで、性交渉と同程度の確率で妊娠が期待できるという。使用するシリンジを見ると、膣内に入る部分は柔らかなゴム製で、太さは女性の指より細い程度。A子さんも「これなら、私でも大丈夫かもしれない」と思えた。実際、シリンジは問題なく挿入することができたことから、シリンジを用いたタイミング法に挑戦し始めている。A子さんは言う。

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必ずしも性交ありきで考えなくても