森崎和江さん
森崎和江さん

 今年6月15日に急逝した、ノンフィクション作家・森崎和江さん。代表作である『からゆきさん』は、異国に売られた少女たちを取材した衝撃作でありながら、通常のノンフィクションとは一線を画した作品となっています。「娘売り」は決して過去のことではない。今こそ読むべき作品だと綴る、文芸評論家・斎藤美奈子さんによる文庫解説を特別に公開します。

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「からゆきさん」。漢字で書けば「唐行きさん」。そんな人たちがいたことを、この本ではじめて知った方もいるでしょう。

「からゆきさん」とは、もともとは江戸時代の末期から、明治、大正、昭和のはじめくらいまで、海をわたって外国(唐天竺)に働きにいく人を指す九州西部・北部の言葉でした(唐天竺とは中国とインドを意味しますが、遠い外国の別名でもあったので、「外国に行く」ことを「唐行き」と呼んだのです)。ですが、やがてそれは海外に売られた日本女性の総称に転じます。

 からゆきさんの出身地として、とびぬけて多かったのは、長崎県の島原地方と本県の天草地方でした。森崎和江『からゆきさん』は、そんな九州から大陸へわたった「からゆきさん」たちの足跡を、自らの足と文献の両面から丹念に追った記念碑的なノンフィクション作品です。

 単行本のかたちで出版されたのは1976年ですが、その一部(「おヨシと日の丸」に該当する部分)は先に発表されており(「からゆきさん あるからゆきさんの生涯」/『ドキュメント日本人5 棄民』1969年・所収)、同じくからゆきさんを描いたノンフィクション、山崎朋子『サンダカン八番娼館』(1972年)にも森崎和江を訪ねて助言を求める場面が出てきます。

 森崎和江とその作品は、1960~70年代の読書界では、ちょっと特別な存在でした。そうだな、私たちが行く道を照らしてくれるカンテラ(炭鉱で使うランプのことね)みたいな存在だったといえばいいかしら。

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『サークル村』創刊の翌年に個人誌『無名通信』を創刊