(左上から時計回りに)ゆりやんレトリィバァ、霜降り明星のせいや、とろサーモンの久保田かずのぶ、カミナリの石田たくみ
(左上から時計回りに)ゆりやんレトリィバァ、霜降り明星のせいや、とろサーモンの久保田かずのぶ、カミナリの石田たくみ

 少し前までのお笑い界では「芸人がお笑い以外のことを真剣にやるのはダサい」という風潮があった。だが、最近はそのようなことを気にする人は少なくなり、芸人の活動はどんどん多様化している。

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 そんな中で、趣味でラップをやっていたり、ラップを得意とする「ラッパー芸人」が増えてきた。現在放送中の『フリースタイルティーチャー』(テレビ朝日)という番組では、プロのラッパーが芸人とタッグを組んで、二人三脚の形でフリースタイルバトルに挑戦している。ゆりやんレトリィバァ、石田たくみ(カミナリ)、久保田かずのぶ(とろサーモン)、せいや(霜降り明星)などが出演していて、見事なパフォーマンスを見せている。

「フリースタイル」とは、音楽に合わせて即興で言葉をつむぐ種類のラップである。もともと即興で言葉を扱う仕事をしている芸人とは相性がいい。多くの芸人たちは持ち前のアドリブ力、ボキャブラリー、度胸、笑いのセンスなどを生かして、質の高いラップを披露している。

 しかし、芸人が人前で堂々と本気でラップをやるというのは、少し前までは考えられないことだった。ラップをやっている人自体が少なかったし、ここまで注目されることもなかった。なぜそこまで状況が変わったのか。

 お笑い界のラップ受容史を語る上で外せないのは、2008年頃にジョイマンがラップネタでブレークしたことだ。ジョイマンのネタでは、ガリガリ体型の高木晋哉が不気味な動きで踊りながら「ありがとう、オリゴ糖」などと自作のラップを披露していた。彼らはこのネタで一世を風靡した。

 このジョイマンの脱力系ラップが、結果的にお笑い界のラップの歴史を10年遅らせることになった。当時、ヒップホップは徐々に若者文化として一般的なものになりつつあった。J-POPのアイドルの楽曲などでも、当たり前のようにラップが取り入れられるようになっていた。

 一方、芸人の世界ではラップをやる文化がなかなか普及しなかった。笑いのためにあえて不気味な脱力系ラップのネタを演じていたジョイマンの影響で、ラップはダサいものであるというイメージができてしまい、芸人が真正面からラップに向き合うことがなかなかできなかった。

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ラリー遠田

ラリー遠田

ラリー遠田(らりー・とおだ)/作家・お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)など著書多数。近著は『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)。http://owa-writer.com/

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「本気でやった方が格好良いし面白い」という風潮に