美しいラベルの「キンミヤ焼酎」。小瓶になってから人気が高まっているという
美しいラベルの「キンミヤ焼酎」。小瓶になってから人気が高まっているという

 ガラス瓶に美しい青いラベルが印象的な「キンミヤ焼酎」が人気だ。甲類焼酎でホッピーやサワーのベースとして好むファンが増え、売り上げは右肩上がりを続けている。記事の前編<下町の名脇役「キンミヤ焼酎」が右肩上がりの売れ行き 小瓶に変えたら人気上昇の意外な理由>では、酒造会社の当時の社長による“奇策”について触れたが、会社が守り続けた矜持も、成長につながっている。

【写真】営業畑で「キンミヤ」とともに歩んできた伊藤盛男さん

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「下町の名脇役」のキャッチフレーズで知られるキンミヤ焼酎。作っているのは三重県四日市市の酒造会社「宮崎本店」だ。1846年創業と歴史のある酒蔵で、キンミヤは1915年に製造を始めた。

 かれこれ100年以上の歴史をもつキンミヤ。現在では、一升瓶に換算し年間500万本を販売。06年と比較し、約6.5倍にまで成長した。貯蔵タンクの増設が必要になったほど好調だ。キンミヤを飲める居酒屋は47都道府県に拡大し、特に近畿地方で売り上げが伸びているという。海外では、台湾で取り扱う店が増加中だ。

 現在の人気ぶりに至るには、世相も追い風となった。

 2003年ごろからホッピーが流行りだし、そのベースにキンミヤが合うと飲食店関係者の間で、徐々に口コミが広がっていた。酎ハイの人気が出始めたこともプラスに作用した。インターネットで、「見慣れない青いラベルの焼酎」の情報が、どんどん拡散されていったという。

■東京三大煮込みの名店に愛され

 宮崎本店が大事にした、下町の店とのつながりもここで生きた。

 同社の勤続最年長社員。営業畑でキンミヤとともに歩んできた伊藤盛男・東京支店長(65)はこう語る。

「例えば東京三大煮込みと呼ばれている北千住の『大はし』さん、森下の『山利喜』さん、月島の『岸田屋』さんは昔からキンミヤを扱ってくださっているのですが、こうした名店を訪れたお客様がネットでキンミヤの情報や写真を紹介してくれたり、地方から来店した飲食店関係者が『この見たことがない焼酎はなんだ』と地元で口コミを広めてくれました。キンミヤを大切にし続けてくださった老舗様のおかげで、反響につながったと思っています」

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國府田英之

國府田英之

1976年生まれ。全国紙の記者を経て2010年からフリーランスに。週刊誌記者やポータルサイトのニュースデスクなどを転々とする。家族の介護で離職し、しばらく無職で過ごしたのち20年秋からAERAdot.記者に。テーマは「社会」。どんなできごとも社会です。

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キンミヤの命は「水」