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「キャンセル・カルチャー」という言葉を知っているだろうか? 著名人の発言を問題にして、不買運動を起こしたり、番組から降板させたり、講演会を中止させようとするなどの動きを指す言葉で、近年の欧米で頻繁に使われるようになったものだ。
『歴史なき時代に』(朝日新書)などを刊行し、世論に忖度しない発言で注目を集める歴史学者・與那覇潤氏が、自身がキャンセルされた近日の体験を踏まえて、流行の背景にあるネット社会の病理を分析する。
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■「社会的制裁」との違いとは
ひょんなことから話題のキャンセル・カルチャーなるものを、私も体験することになった。
「話題の」といっても、日本の一般の読者にとってはまだ耳馴染(なじ)みの薄い用語かもしれない。主に英米圏で燃え盛っている、「政治的に正しくない」と認定された言論や表現(たとえば人種差別的だとされたものなど)を追放して、人々の目に触れなくさせようとする風潮を指す概念だ。
東京五輪をめぐる音楽家の騒動のように、本人が「実際に行った」問題行為(障害児への虐待)を特定可能で、辞退すべき職務(五輪・パラリンピックの開会式の楽曲制作)との不適合性もはっきりしている限りであれば、従来からあった社会的制裁の一種である。キャンセル・カルチャーという新語が生まれたのは、そもそもの問題の有無さえも不明瞭なままに、際限なくペナルティの対象が拡大してゆく事例が、あまりにも増えたからだ。
誰かが「これは問題発言だ!」と叫び、SNSなどで大きなうねりになると、脅威を感じた出版元が内容を吟味せずに当該の文章の掲載を拒否したり、企画されていたイベントを中止したりする。極端な場合はそれだけにとどまらず、問題とは無関係のすでに刊行済みだった作品まで排斥されたり、私刑によって公衆の面前での謝罪を強要されたり、公正な審査を経ずして職を追われたりといった事態も起きる。
■他人の炎上案件でも、イベントがキャンセルに
私の場合は今年の3月に、とあるフェミニズム絡みの炎上案件に巻き込まれた結果、開催日時や共演者も決定していた6月のイベントを「キャンセル」された。炎上といっても、そもそも「問題発言」をしたのは私ではなく、別の研究者である。