室内飼いで健康管理に万全を期しても、体質や年齢で病気になってしまうケースは少なくない。

「夏彦は、すでに内耳の骨が壊れるほど腫瘍が肥大していて……。それでも専門医の『抗がん剤治療で治癒できる可能性もある』という言葉に望みをつなぎました」

 夏彦君はすぐに入院。腫瘍の影響で舌や口の中に麻痺が出て食餌もとりづらくなり、栄養摂取は鼻チューブ、時には喉に管を直接入れることもあった。

 それでも伊藤さんはたちにストレスをかけないよう、極力、猫たちの前で泣かないように努めていた。家では夜中に彦星君が寝た後や、買い物で外に出た時に裏道でこっそり泣いていたという。

「夏彦は臆病な性格の子だから痛々しい姿が不憫で……。遠方の病院でしたが休診日以外はほとんど毎日、面会に行っていました」

 酸素室で心電図やチューブにつながれた夏彦君の姿を見るたび、伊藤さんは涙が出そうになるのをグッとこらえ、「夏ちゃんは強い子だから大丈夫だよ、大好きだよ」と話しかけながら、夏彦君の顔や体を撫でてあげた。すると、夏彦君は伊藤さんの手に顔を押し付けたり、自分から体勢を変えて「もっと撫でて」と言うように気持ち良さそうな顔をしたり。伊藤さんはそれだけでうれしくて、夏彦君が満足するまで何時間でも撫で続けたという。

「『彦ちゃんも会いたがってるよ』と、彦星の動画を見せて鳴き声を聞かせると、こちらに向けた目に少し力が入るのがわかりました。時間がくると『また来るよー』と声をかけ、後ろ髪をひかれる思いで病院を後に。夏彦の様子に一喜一憂しながら、早く良くなりますようにと祈るような思いで毎日を過ごしていました」

 しかし、別れは突然だった。

 2回目の抗がん剤治療を順調に終えた矢先、誤嚥性肺炎を起こし、そのまま亡くなってしまった。急なことで、連絡を受けて病院に駆け付けると、すでに息を引き取っていた。

「最期を看取れず病院で死なせてしまったことが心残りで後悔ばかりでした」

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遺体の箱をのぞいて、気づいた相棒猫の死