「徳川秀忠」安定の手腕 律儀すぎると酷評された三男が、なぜ将軍職を継げたのか?

歴史道

2021/05/07 08:00

 150年におよぶ戦乱の世に終止符を打ち、慶長8年(1603)、幕府を開いた徳川家康。そして、父・家康がつけた道筋を愚直なまでに継承した二代・秀忠。武断政治を進め幕府の支配をさらに強化した三代・家光。週刊朝日ムック『歴史道 vol. 14』では、「徳川300年の泰平」と謳われた時代の礎はいかにして築かれたのかを特集。ここでは「秀忠」を解き明かす。

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