ジョセフとメアリーが見つけた、イクチオサウルスの頭部の化石=エヴェラード・ホーム(Everard Home)によるスケッチ(1814年)
ジョセフとメアリーが見つけた、イクチオサウルスの頭部の化石=エヴェラード・ホーム(Everard Home)によるスケッチ(1814年)
ロンドンの自然史博物館のイクチオサウルス・プレシオサウルス全身骨格の展示。1999年のメアリー生誕200年に筆者が訪れた際の展示の様子。メアリーがライムの崖から発見したイクチオサウルスは写真のずっと奥にある(吉川惣司撮影)
ロンドンの自然史博物館のイクチオサウルス・プレシオサウルス全身骨格の展示。1999年のメアリー生誕200年に筆者が訪れた際の展示の様子。メアリーがライムの崖から発見したイクチオサウルスは写真のずっと奥にある(吉川惣司撮影)
英国地質研究所初代所長デ・ラ・ビーチが描いたメアリーの戯画。木靴あるいは泥よけ用の上靴をはき、短い頑丈なペチコート、短めのチェックのスカート、男性用の上着に肩掛けカバンを提げて化石発掘の作業をするメアリー。デ・ラ・ビーチは幼い頃からメアリーの近所に住み、親しかった
英国地質研究所初代所長デ・ラ・ビーチが描いたメアリーの戯画。木靴あるいは泥よけ用の上靴をはき、短い頑丈なペチコート、短めのチェックのスカート、男性用の上着に肩掛けカバンを提げて化石発掘の作業をするメアリー。デ・ラ・ビーチは幼い頃からメアリーの近所に住み、親しかった

 19世紀イギリスの女化石ハンター、メアリー・アニング。コミックや児童向けの偉人伝で読んで知っているという方もあるだろう。メアリーは、貧しくも独学で知識を身につけ、貴重な化石を掘り出し、当時興ったばかりの古生物学の進展に大いに寄与し、その後の恐竜学への道筋を開いた人物だ。そのメアリーをモデルとした映画、フランシス・リー監督最新作『アンモナイトの目覚め』(4月9日、TOHOシネマズ シャンテ他全国順次公開)が、ケイト・ウィンスレットとシアーシャ・ローナンの熱演で話題となっている。メアリーの生涯を追ったノンフィクション本『メアリー・アニングの冒険』を、数々の名作アニメ映画を生み出してきた、監督で脚本家の吉川惣司氏との共著で出版している地質学者の矢島道子氏が、映画の魅力とメアリーの人物像を解説する(『アンモナイトの目覚め』劇場パンフレットに寄稿した文章の一部を抜粋し改編)。

【メアリー生誕200年記念のころのロンドンの自然史博物館でのイクチオサウルス・プレシオサウルス全身骨格の展示はこちら】

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■舞台はジュラ紀の化石の宝庫、ライム・リージス

 昨秋から、あのメアリー・アニングの映画ができたらしい、それもメアリーが女性を恋する映画らしいというニュースが耳に入ってきた。どんな映画だろう、メアリーを誰が? その映画『アンモナイトの目覚め』が、いよいよ日本でも公開となる。

 メアリーは1799年、イギリス南部、ライム・リージスに生まれた。ライム・リージスはイギリスの上流階級の避暑地としても有名で、夏はとても美しい。でも化石を採集するのは寒さ厳しく暗い冬だ。ドーバー海峡を渡ってきた嵐がライム・リージスの崖にあたって、崖が崩れ、今まで見たこともないようなジュラ紀の化石が突然現れる。化石ハンターにはこれが目玉なのだ。しかし、採集は容易ではない。荒い波が打ち寄せる海岸は大きな岩がゴロゴロ、傾斜のきつい崖の上に登るには、何度も滑り落ち、命を失う危険もある。衣服も身体もドロドロになる。『アンモナイトの目覚め』の始まりはこの場面、ケイト・ウィンスレット扮するメアリーが崖をよじ登るシーンだ。スタントもなかったといい、渾身の演技で冒頭から圧倒される。

■ケイト・ウィンスレットが熱演するメアリーとは

 メアリーは貧しい職人の娘として生まれ、地質学に重要な発見をもたらした。13歳でイクチオサウルス(魚竜)の全骨格を、24歳でプレシオサウルス(首長竜)を、世界で初めて発見。独学で化石を学び、その後も危険な崖から貴重な化石を採集しては小さな店で販売した。生涯独身、ライム・リージスでの暮らしは貧しく、学問的な評価を受けることもなかった。乳がんで孤独のうちに死亡(47歳)。今はロンドンの自然史博物館の海生爬虫類化石を展示している廊下にメアリーの肖像画が鎮座している。

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化石が好きな人々はみんなメアリーのとりこに…