化石が好きな人々はみんなメアリーのとりこになる。19世紀、今よりも階級の差がはっきりとしていたイギリスで、無愛想な、気位の高い職人気質で、貴族の学者たちと自身が掘り出した化石を手に「私はヨーロッパのどこでもよく知られています」と堂々と渡り合う。メアリーはともかく格好いいのだ。

 メアリーの掘りだす化石はたいへん質が良く、紛い品・フェイクが一つもなかった。当時の地質学者たちはみんなメアリーの化石で功績を挙げた。どの地質学者もメアリーを顕彰しなかったけれど。

■研究の隙間に気付かせる虚構

 今回、試写を見て、ケイト・ウィンスレットが作り上げたメアリーの風貌は私の想像に近く、期待は裏切られなかった。脚本家というのは天才だと思った。シアーシャ・ローナン扮する上流階級の出身で裕福なシャーロット・マーチソンとメアリーが恋するなんて、今までの研究者は誰も考えなかった。

 事実、シャーロットはメアリーとライム・リージスで出会い、メアリーは1度だけロンドンに行き、栄光に浴した。シャーロットの招待だ。研究者は、これは計算高いシャーロットのやったことだと評価してきた。シャーロットは、実際はメアリーの10歳年長で、夫のロデリック・マーチソンはシャーロットの3歳年下で軍人だった。

 イギリスでは戦争がなくなり、軍人だったロデリックは失業。世の中の動きをよく知るシャーロットは、ロデリックに地質学者になることを勧めた。産業革命で石炭が重要になり、地質学はこの時代に勃興した。地質学者は紳士の職業とされた。ロデリックは地質学をよく理解し、瞬く間に地質学会の会長になった。シャーロットの内助の功である。

 メアリーのロンドン行きは、シャーロットがメアリーにうまく取り入って、よい化石を優先的にロデリックにまわすようにしたのだと、これまでの研究者は解釈した。しかし、これでは少し弱い。シャーロットの招待の理由には不思議な隙間がある。脚本家はこれに気がついたのだろう。シャーロットとメアリーの関係をこれまで研究者たちが思いも寄らなかった美しい虚構で提示したと私は考える。

 映画中で、メアリーもシャーロットも饒舌ではない。薄暗いイギリスの光景の中にたくましいメアリーがよく映る。何も言わなくてもすぐわかる。21世紀の新しいメアリーが皆様に愛されることを心より祈る。

矢島道子(やじま・みちこ)
地質学・古生物学者。主な著書に『地球からの手紙』、『地質学者ナウマン伝』、共著に『メアリー・アニングの冒険』などがある。