カンニング竹山 SNSでは本当の事や正しい事を言わなきゃいけないの? (1/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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カンニング竹山 SNSでは本当の事や正しい事を言わなきゃいけないの?

連載「言わせてもらいますけどね!」

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カンニング竹山さん(撮影/今村拓馬)

カンニング竹山さん(撮影/今村拓馬)

写真はイメージ(GettyImages)

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 今話題の招待制の音声配信SNSのClubhouseも登録だけしてみたというお笑い芸人のカンニング竹山さん。SNSに関して日々便利だと思う反面、最近思うことがあるという。

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 最近というか、ここ数年間、SNSですごく思うところがあって、“SNSは解説天国”だなと。ニュース解説、お笑いのネタ解説、音楽の解説、SNSそれ自体の解説なんかもある。いろんな事に対して“これは、どういうことか解説します”というのがSNSにはたくさんある。それは、とても便利であることは確か。僕とかも助かるし、知らない事に対して“あぁ、そういうコトなのか!”と、その解説を読んで理解したりする。

 一方で、絵画や音楽などの芸術系の解説とか、もしかしたら芸能もそうかもしれないけど、“解説しちゃいけないんじゃないか!?”って思うこともあって、受け取った人の感覚でいいことも解説されている。絵画をSNSで“この絵は、こんなことが描かれていて、こういう意味があります”って解説してくれていたら、確かにわかりやすいし、楽しみ方のアイデアのひとつとしてはアリだけど。この絵画は“こうですよ”って言い切ってしまったら、それが正解になってしまうような気がしてならない。

 もちろん、SNSに上がる様々な解説は日々見ていて、仕事柄、特にニュース解説は助かっているのは事実。わからない事って世の中にいっぱいあるからね。でも、ちょっと待てよ、その解説を鵜呑みにしてしまっているけど、もしかしたらテキトーな事が書かれているかもしれない。ニュースの解説なんかは、解説のまとめ方とは別の見方があるかもしれない。解説があることで、すごく有難いんだけど、そこで、想像する力とか昔よりも弱くなっているのかなとも思う。商品を買うと取扱説明書の他に動画の解説が付いていたりして、SNSの解説と同じで、そういうものに頼っていくとどんどん想像する力が弱くなっていく気がする。


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