コロナ禍で人出減少 令和3年の初詣は本来の姿に戻った? (1/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

コロナ禍で人出減少 令和3年の初詣は本来の姿に戻った?

連載「あなたの知らない神社仏閣の世界」

dot.
竹寺境内に立つ牛頭天王像

竹寺境内に立つ牛頭天王像

蘇民将来のお守り

蘇民将来のお守り

秋田「東湖八坂神社」の祭り「牛乗り」を象ったスサノオ像(スサノオの村内)

秋田「東湖八坂神社」の祭り「牛乗り」を象ったスサノオ像(スサノオの村内)

 令和3年のお正月は、政府・自治体による自粛要請のせいもあって、二年参りや初詣を自粛された方も多かったのではないかと思う。元旦も家で過ごされた、初詣は家の近所でという方も多かっただろう。日本のお正月は古来そのようなものであったので、今年のお正月は本来の姿に戻ったともいえるのかもしれない。

●今の形の「初詣」はいつ頃から?

 実は初詣が現在のような形となったのは、かなり最近である。明治32(1899)年、川崎大師の参詣者向けに大師電気鉄道(現在の京浜急行電鉄)が開通した。これにより、江戸時代から人気だったお大師さま参りが鉄道で楽に行けるようになり、鉄道側も乗客獲得のために、現在のような初詣の形を大々的にプロモーションしたのだ。次第に三が日は家族でお参りするのが新年らしいと普及していった。それまではというと、初詣、というより「年籠り(としごもり)」という大晦日の夕暮れから朝まで、家長が氏神さまや檀那寺に泊まり込み、新年の平穏を祈願するという習慣が主流であった。

●今年は家の近くの氏神さまへ

 という訳で、明治時代までは家の近くの寺社にお参りすることで新年を迎えていたのだが、交通の発達とともに家から離れた場所にも初詣という形で出かけるようになったのである。やがて、近年では参拝する寺社も新年の自分に関係のある場所を選んで出向くことも増えてきたのではないだろうか。たとえば、受験や安産祈願、家移りの予定があったり厄年だったりと、できるだけ今年の自分にとって御利益のある神社仏閣はどこだろうかと探している方も多いかと思う。

●令和3年は辛丑の年

 令和3年の干支は、辛丑(かのとうし)である。丑年ということから「牛をお遣いとしている天神さま(菅原道真公)をお参りするのがよい」と各所で紹介されているが、私は辛丑という今年は、天神さまよりも牛頭(ごず)天王ではないかと思っている。牛頭天王とは、日本独特の宗教観から生まれた神仏習合の神さまである。日本古来から住まわれていた神さまに外来の神である仏教が合体したという意味で、中でも牛頭天王はいろいろな思いが幾重にも重なり別名をいくつも持つ不思議な神さまである。

●神仏習合の神の代表格・牛頭天王

 ただし江戸時代までは、牛頭天王として各地に鎮座しており、総本社は京都の八坂神社となる。毎年夏に1カ月をかけて行われる祇園祭が行われている神社である。明治時代になるまで、八坂神社(江戸時代までは祇園社)の祭神は牛頭天王だった。牛頭天王は、祇園精舎(シャカが説法を行った場所)の守護神とされていることからの祭神である。ちなみに仏教は外来の宗教であるが、不思議なことに牛頭天王は日本で産み出された神である。


トップにもどる dot.オリジナル記事一覧

続きを読む

おすすめの記事おすすめの記事
関連記事関連記事

あわせて読みたい あわせて読みたい