【電通過労死から5年】高橋まつりさん母の手記全文公開 在りし日の笑顔 (2/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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【電通過労死から5年】高橋まつりさん母の手記全文公開 在りし日の笑顔

学生時代は週刊朝日のインターネット番組のアシスタントを務めていたまつりさん。写真は当時のスタッフと食事に行った際の1枚

学生時代は週刊朝日のインターネット番組のアシスタントを務めていたまつりさん。写真は当時のスタッフと食事に行った際の1枚

娘は「文章力や発想力、コミュニケーション能力を発揮したい。早く自立して母に仕送りをしたい」と年収が高いと評判の電通を就職先に決めました。

私は電通の激務の評判や過去に過労自殺があったことを知り、とても心配でした。でも娘は「私は大丈夫。ハングリー精神で色んな困難を乗り越えてきたんだから」と言いました。

しかし長時間労働や異常な上下関係やハラスメントは、あんなに健康で明るく向上心の強かった娘をも、あっという間に「うつ病」に追い込んだのです。

「これ以上耐えられない。この会社でキャリアを積むことは考えられない。辞めよう」と考えていたのに、責任感の強い娘は頑張っているうちに、「苦しい、辛い、死にたい」と考えるようになり、「死んでしまったら苦しみから逃れられる」と自分で気付かない間に正常な判断ができなくなったのです。

「残業するなと言われるのに、新人は死ぬほど働けとか言われて意味分からない。この会社おかしい」

「今週10時間しか寝ていない」

「生きるために働くのか、働くために生きるのか分からなくなってからが人生」

「これが続くなら死んだ方がよっぽど幸せなんじゃないかとさえ思う」

2016年10月私が娘の過労自殺を公表した当時、これらの娘のSNSは多くの働く人の共感を呼びました。過労死問題は連日、テレビや新聞やネットニュースで取り上げられ、その後、日本中の多くの職場で長時間労働やハラスメントを無くす動きがおこりました。企業は優秀な学生を採用するために社内の働き方の改善に努めました。

私の元には仕事で追いつめられた沢山の人たちの声が寄せられ、「まつりさんの苦しみとお母さんの悲しみを自分と重ね合わせ、自死を思い留まった」と打ち明ける方はひとりではありませんでした。娘の命の犠牲によって、日本から過労自殺がなくなり、若者たちの命が救われるのではないかと期待しました。


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