そんなつもりで言ったわけじゃないのに……と後悔しても、時を巻き戻すことはできません。※写真はイメージです(Gettyimages)
そんなつもりで言ったわけじゃないのに……と後悔しても、時を巻き戻すことはできません。※写真はイメージです(Gettyimages)

 何気ない一言で、相手の信頼を失ってしまった……。そんな経験はありませんか? 『人気NO.1予備校講師が実践!「また会いたい」と思われる話し方』(朝日新聞出版)の著者の犬塚壮志氏は、そのような苦い経験を糧にし、話し方を変えることで、人気No.1講師へと変貌を遂げたと言います。その話し方のコツを、同書から一部を抜粋、再編集して紹介します。

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■切り出した一言で人が離れてしまうことも

「キミ、問題を解くの遅いね」

 当時、勤めていた予備校の冬期講習で、初めて私の授業を受ける生徒にそんなふうに声をかけてしまったことがありました。

 指導する私の意図は、「今は簡単な問題にも時間がかかってしまっているけど、冬期講習で効率的な解き方を教えるから、終わる頃にはスピードアップしているよ」という励まし。これから一緒にがんばろう! という意味合いを込めた第一声でした。

 しかし、聞き手である生徒は「バカにされた」「解くのが速い生徒と比較し、さげすまれた」と受け止め、「あの先生は上から目線の発言をする」という口コミが広がっていったのです。

 こんなふうに言葉の真意が伝わらず、気づくと周囲から人が離れていくことは少なくありません。

 本来、通じ合えたはずの人たち、ファンになってくれた可能性があった人を遠ざけてしまう話し方の行き違い。そんなつもりで言ったわけじゃないのに……と後悔しても、時を巻き戻すことはできません。

 この傾向は、SNSを含むネット上のコミュニケーションでは、より顕著になります。前後の会話の流れや発信者の意図などの文脈とは関係なく、話の一部分がクローズアップされ、あたかも上から目線の毒々しい物言いをしたかのように拡散されてしまうのです。

 その結果、上から目線の人と受け取られ、炎上してしまうケースもあります。では、対面でもネット上でも、どのようなコミュニケーションの取り方が信頼関係を築くきっかけになるのでしょうか?

■話し始める前に、エピソードと聞き手のつながりを想像する

 大切なのは、相手に自分との関係性、つながりを想像させる前向きなコミュニケーションです。

 失敗から学んだ私は、初めて話をする生徒たちにこんなエピソードを語るようにしました。

「去年のこのクラスの生徒で……」
「以前、化学が嫌いなわけでないんだけど、苦手にしている生徒がいて……」

 こう切り出した後、その生徒がどう変化していったのか。ネガティブな状態から志望校合格に向けてポジティブに変化していった「ストーリー」を語るようにしたのです。

 生徒たちは自分との関連を感じるエピソードを聞くことで、「この先生の講座は役に立ちそうだ」「去年のクラスの生徒は、あの学習法を試してうまくいったんだ」「化学が苦手だった生徒でも、この講座で点数が伸びたのか」と思い始めます。

 このステップがとても重要で、誰かに何かを伝え、信頼を得たいと思ったとき、「自分は正しい」「誰々は間違っている」といったメッセージは必要ありません。

 話し手が大事にすべきなのは、相手に合わせた「これから言うことは、あなたにこれこれこういうふうに役立ちますよ」というメッセージを盛り込むことです。

 この人の話を聞き、実践したら「簡単にできそうだ」「いいことがありそうだ」というイメージが浮かんだ途端、聞き手はこちらを信頼し始めます。

「どんなエピソードを語ったら、聞き手は『この話は自分に関係していそう』『この先がもっと聞きたい』と思うかな?」

 話し始める前に、自分が伝えたい意図を自問自答する習慣をつけていきましょう。

■自分の価値の再発見を手助けする

 そして、聞き手に合わせたエピソードで切り出したあとは、本当に聞き手が求めている声がけがどこにあるのかを探ります。

 人は誰しも、自分のことを重要な存在だと思いたいものです。アメリカのベストセラー作家でもあるデール・カーネギーの言う「自己重要感」です。その願いが満たされず、聞き手が揺れ動いてしまっているときこそ、話し手は「あなたの存在そのものに価値があるのでは?」という問いかけを行いましょう。

 なぜなら、自分の価値を自分で気づくことができたとき、聞き手の気持ちは自ずと高揚していくからです。

 たとえば、模試が終わった後、期待ほど点数が伸びていなかった生徒は自信を失い、動揺しています。そんなとき心がけていたのは、彼ら彼女らのプロセスに注目し、自分の学力がどのくらい変化しているかを自覚させる問いかけです。

 模試の結果を見て、その生徒が全体の正答率の低い問題に答えることができていたなら、「ここだけの話なだけど、この問題の採点基準はかなり厳しめに設定していたんだ。でも答案を見ると、配点は0点だけど、部分的には回答できているんだよね。これは学力として0点だと思う? キミの力が部分的にでも発揮できている証拠じゃないかな」と。

 あるいは、「点数が伸びなかったこと=成長していない」と落ち込む生徒には「前回と今回の模試の答案をよく見比べてみて。解けなかった問題に対する解き方のアプローチが明らかに前進している部分が見つかるはずだよ」「模試は、入試までのプロセスを評価するためのもの。点数や偏差値がすべてではないから。そこに反映されない成長に注目して、それを入試本番までに形にする訓練をこれからしていけばいいんだよ」と。

 本人が積み重ねてきた努力、現時点での結果には表れていないけれども伸びている部分に光を当ててあげましょう。話し手はスポットライトの役割をすればいいのです。

 こうした問いかけは受験生に限らず、仕事やプライベートでかかわるすべての聞き手のやる気を引き出してくれます。

 冒頭の私の発言は「キミ、問題を解くのが遅いね」ではなく、「キミ、すごく問題を丁寧に解くスタイルなんだね」であるべきでした。

 そして、「この冬期講習では効率的な解き方を教えるから、終わる頃には同じ丁寧さをキープしたまま、解くスピードがアップしているはずだよ」と伝えれば、意図しない口コミが広がることも、生徒たちが離れていくこともなかったはずです。

 この言い方、この表現は、相手にどう伝わるか? どう受け止められそうか?

 そんなワンクッションを発言する前に置くことが、視野の広さと他者理解につながり、不用意な発言を防ぐことにつながるのです。