■2019年の正月に福井県で起きたヤリマンボウ座礁事件

 事実は小説よりも奇なり。あなたは2019年の正月に福井県・気比の松原周辺で起きた事件を知っているだろうか? そう、ヤリマンボウが短期間にこの海岸周辺に多数座礁したのだ。地元の人に話を聞く限り、こんな事例は今までなかったとのこと。偶然にも、このヤリマンボウの座礁現場は地元で活動する日本野鳥の会福井県のメンバーの目に留まった。新年早々、珍しい生物の座礁に彼らは盛り上がったという。Twitterに投稿されたヤリマンボウの座礁個体の写真はこれまた偶然にも私の目に留まり、投稿者と共同研究を行うことに繋がった。

 投稿者は研究機関に属していないが、野鳥の観察が好きな、いわゆる市民科学者だ。地元の野鳥には詳しい。私も鳥類は好きだが、「鳥」というざっくりとしたくくりでしか認識していないため、投稿者とその仲間からいろいろ教えて頂いた。

 興味深いことに、彼らが座礁したヤリマンボウを離れた場所から観察していると、ハシブトガラスがヤリマンボウの死体の上に乗り、体を嘴で突いた。ハシブトガラスが去った後に、ヤリマンボウの体を見てみると、体の柔らかい部分に穴が開いていた。ハシブトガラスの食性を文献で調べたところ、自然にある植物、昆虫、魚類、鳥類、哺乳類から我々が出したゴミ漁りまで、何でも食べる雑食性の鳥のようだ。ヤリマンボウを食べてもおかしくはない。

 しかし、「予想されること」と「実証すること」は科学的信頼性に大きな違いがあり、今回ハシブトガラスがヤリマンボウを食べる現場を写真に収めたことは、誰が見ても疑いようのない事実として証拠を突き付けることが可能なのだ。座礁した「ヤリマンボウがハシブトガラスに食べられる」という知見は世界的にも報告されていない。

 逆に、ハシブトガラスの食性研究を調べてみても、ヤリマンボウを食べたという知見は見つからなかった。ハシブトガラスは雑食性なので、人為的にヤリマンボウを餌として与えたら食べると予測されるが、今回は自然に食べたという点が重要なポイントだ。稀有な事例と思われるが、この瞬間、ヤリマンボウとハシブトガラスは確かに食物連鎖で繋がったのだ。

■未知なる海洋生態系と陸上生態系の繋がり

 外洋性魚類であるヤリマンボウと陸上鳥類であるハシブトガラスは本来出会うことはない。しかし、ヤリマンボウが海岸に打ち上げられたことで、出会うはずのなかった2種は繋がった。ハシブトガラスの主食ではないにしろ、確かにヤリマンボウの尽きた命は食べられてハシブトガラスの中で生かされることになったのだ。

 遠く離れた異なる生態系でも実は繋がりがあるということを表した「森は海の恋人」というキャッチフレーズがある。今回のヤリマンボウとハシブトガラスの関係はまさにこれだと感じて、私は非常に感動した。今回の事例は稀有でありながら、海洋生態系と陸上生態系は想像以上に複雑に繋がっているという気付きをくれた。今回、単なる魚の座礁から生態系というスケールの大きな話まで発展したが、さらに興味が湧いた方はオンラインフリーなので是非下記論文をご覧いただきたい。

【主な参考文献】Sawai E, Yoshida M. 2019. Marine and terrestrial food chain links: the case of large-billed crows Corvus macrorhynchos eating stranded sharptail sunfish Masturus lanceolatus in Fukui Prefecture, Japan. Bulletin of the Fukui City Museum of Natural History,(66): 57-62.