「変わるべきは、私の体ではない。私の心ではない。変わるべきは社会環境だということを先輩が教えてくれたのです。自分を責めすぎることなく、運動という形で社会の側を変えるということを信じていくことで生きていくことができるようになりました」

 社会モデルは障害の問題だけでなく、さまざまなマイノリティーの問題に応用できる考え方だと谷さんは指摘する。しかし、ここ数年、障害者運動の半世紀の取り組みを全否定するかのような動きが政治の場や日常にあふれてきていると感じ、「これは何としても止めないといけない」という危機感を持っているという。なぜ差別を政治の場で議論しないといけないのか。

 その問いに答える一つの方法として、熊谷さんは「健康の社会的決定要因」(SDH)に関する海外の先進的な研究成果を紹介した。

 近年、医学が進歩しても、貧困状態にある人や依存症、精神疾患を抱える人など、一部の人たちにその恩恵が行きわたっていないという問題に多くの研究者が取り組んでいる。そこで注目されるようになったのが、健康格差を生じさせる社会的要因である。ある社会的要因が健康格差に影響を与えているかどうかは、以下の三つの条件で判断できると言う。

(1)それは、様々なメカニズムで、多くの人々の心身の健康に影響を与える。
(2)それは、良い健康状態を維持するのに不可欠な、物理的、対人関係的、心理的な資源へのアクセスを妨げる。
(3)それは、時代が変わっても、新しいメカニズムへと進化することで、健康の不平等を再生産する。

 スティグマはこの三つの条件をすべて満たしている。スティグマとは、一部の属性を持つ人にネガティブなレッテルを貼り付けることを意味する。

 スティグマは人を傷つけたり、自尊心を奪ったりするということを越えて、健康の不平等を生じせしめていると熊谷さんは指摘する。

 スティグマは、どの文化圏においても生じるものだが、どの属性にスティグマが貼られるかは文化によって異なる。ただ、文化間比較をしてみると、「ある属性が意志の力や努力によって乗り越えられると、誤って信じられているものはスティグマを貼られやすい」という共通の傾向が見られるという。これは「帰属理論」と呼ばれている。

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