岡田有希子さん没後34年。“アイドルは生身の人間”だと示した特別な存在 (1/4) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

岡田有希子さん没後34年。“アイドルは生身の人間”だと示した特別な存在

このエントリーをはてなブックマークに追加
宝泉薫dot.
今もお墓を訪れるファンは多い。岡田有希子さん (C)朝日新聞社

今もお墓を訪れるファンは多い。岡田有希子さん (C)朝日新聞社

 今年も「佳桜忌」がやってくる。4月8日、34年前に亡くなったアイドル・岡田有希子の命日だ。彼女の本名(佐藤佳代)と、東京の桜が満開の時期だったことから、そう命名された。享年18。所属する事務所が入っていたビルの屋上から飛び降りるという、非業の死であり、“ユッコシンドローム”という言葉も生まれた。当時、社会問題化していた少年少女の自殺という現象を、その死がさらにエスカレートさせたからだ。

【写真】ファンも疑問?謎の1位「くちびるNetwork」と同時期に爆発的ヒット…でもなぜか2位だったアイドルがこちら

*  *  * 
 彼女はアイドルブーム真っ只中の84年4月、竹内まりやが作詞作曲を手がけた「ファースト・デート」で歌手デビュー。日本レコード大賞の最優秀新人賞に輝くなど活躍し、翌年には「禁じられたマリコ」(TBS系)で連ドラ主演も果たした。亡くなる直前には高校を卒業して、さらなる飛躍を期待されていたものだ。

 そんな彼女は筆者にとって、特別な存在である。デビューひと月前に偶然、四谷駅で会って話したことから、いわゆる「推し」のアイドルになり、6月には人生初のインタビューをさせてもらった。葬儀にも参列したし、99年の命日には彼女がかつて下宿していたサンミュージックの相澤秀禎会長(当時)の自宅で仏壇に参らせてもらってもいる。

 それゆえ、その挫折についてはいろいろ思い当たることもある。まずは「人気絶頂期の自殺」などと語られることへの違和感だ。たしかにトップクラスのアイドルではあったが、彼女と同年デビューでいちばん売れたのは菊池桃子だった。また、男性アイドルには吉川晃司がいて、彼女はレコ大最優秀新人賞についても「吉川くんのほうがふさわしい」などと語っていたものだ(菊池は辞退)。

 そして何より、自殺した年に芸能界を席巻していたのは結成2年目のおニャン子クラブだ。オリコンのシングルチャートでは52週のうち、36週をおニャン子関連作品が占めた。にもかかわらず、1月28日に発売された彼女の「くちびるNetwork」はその強敵を抑えて自身初の1位になっている。ただそれは、ファンにとっても意外な展開だった。


トップにもどる dot.オリジナル記事一覧

続きを読む

おすすめの記事おすすめの記事
関連記事関連記事

あわせて読みたい あわせて読みたい