「M-1」審査員降板説も出た上沼恵美子 (C)朝日新聞社
「M-1」審査員降板説も出た上沼恵美子 (C)朝日新聞社

 今年、上沼恵美子が「M-1グランプリ2019」の審査員を降板するかもしれないという噂が出たとき、個人的には「そんなことはまずないだろう」と思っていた。このタイミングで降板したら、若手芸人が彼女を批判した動画を公開して炎上した「暴言騒動」が、いかにも大ごとだったことになってしまう。あの騒動で傷ついたと思われるのも、本気で怒ったと思われるのも、どちらも彼女にとって何の得もない。何十年も生き馬の目を抜く芸能界を生き抜いてきた彼女が、たかがこんな騒動ぐらいで降板を選ぶはずがない、と確信していた。

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 案の定、上沼は今年も審査員席に帰ってきた。それどころか、ふたを開けてみれば、今年の「M-1」では彼女はいつになく元気だった。恐らく暴言騒動のネガティブな印象を払拭したいという思いがあったのだろう。

 番組冒頭では「更年期障害を乗り越えました」と笑顔で話した。問題となった暴言の内容をなぞり、自らネタにしてみせたのだ。続けて「こっちも真剣にやってるのに……要らんこと言うなよ!」とカメラ目線ですごんでみせた。

 この一連の発言は、上沼がこの日の「M-1」に臨むにあたって絶対にやっておかなくてはいけなかったことだ。それをやりすぎというぐらい徹底的にやるのも、彼女の並外れたサービス精神の表れだ。その話題に触れなければ、見ている人があれこれ余分な想像をしてしまう。上沼は暴言で傷ついているのか、怒っているのか。そんなふうに勘ぐられても何の得もない。開き直って笑いのネタにすることが最善の方法だったのだ。

 その後も上沼は快調に飛ばしていた。1組目のニューヨークが歌ネタを披露した後には、ネタの講評を述べた後、「あら、こんなところにこんなものが」と自身のCDを取り出して宣伝を始めた。ボケのための小道具を事前に仕込んでいたというところに、あのキャリアでも今なお衰えない目先の笑いへの貪欲さが感じられた。

 さらに、圧巻だったのは、敗者復活戦から勝ち上がってそつのない漫才を披露した実力派の和牛に対して檄を飛ばしたことだ。からし蓮根の審査コメントをしている場面で突然、思い出したように少し前にネタを披露した和牛に対して怒りをぶつけたのだ。「横柄な感じ」「大御所みたいな出方して」などと酷評した。

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ラリー遠田

ラリー遠田

ラリー遠田(らりー・とおだ)/作家・お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)など著書多数。近著は『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)。http://owa-writer.com/

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