ミャンマー人が経営する浅草の寿司屋は自由の味がする <下川裕治の旅をせんとや生まれけむ> (1/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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ミャンマー人が経営する浅草の寿司屋は自由の味がする <下川裕治の旅をせんとや生まれけむ>

連載「旅をせんとや生まれけむ」

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dot.#下川裕治
下川裕治(しもかわ・ゆうじ)/1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(毎週)、「たそがれ色のオデッセイ」(週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(毎月)、「タビノート」(毎月)

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)/1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(毎週)、「たそがれ色のオデッセイ」(週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(毎月)、「タビノート」(毎月)

店舗探しに苦労した。外国人を敬遠する大家が多いという

店舗探しに苦労した。外国人を敬遠する大家が多いという

「おや?」と思って立ち止まる。そしてはじまる旅の迷路――。バックパッカーの神様とも呼ばれる、旅行作家・下川裕治氏が、世界を歩き、食べ、見て、乗って悩む謎解き連載「旅をせんとや生まれけむ」。第10回は「難民の生きる道」について。

*  *  *
 30年も前の話になる。

 そのとき、僕はパキスタンのクエッタから、イラン国境に向かうバスに揺られていた。当時、旅人の間で語り継がれる世界三大地獄交通機関という話があった。1日乗ると、必ずひとりは車内の暑さで倒れるスーダンの炎熱列車。1日乗ると、必ず骨折者が出る中国のジャンピングバス。そして最後が、僕が乗ったパキスタンのバイブレーションバス。激しい振動でバスを降りても、しばらく歩くことができないバスだった。

 いったいどういう道を走っているのか、夜行バスなのでわからなかったが、バス全体が激しく揺れ、乗客のなかには悲鳴をあげながら通路にうずくまる人もいた。僕もバスを降りたとき胸が痛くなり、しばらくその場にうずくまることになったほどだ。

 イラン国境に着いたのは早朝だった。悲鳴をあげていた乗客とイミグレーションのオフィスが開くのを待った。彼らはアフガニスタン人だった。しかしパスポートをもっていなかった。代わりに彼らが手にしていたのは難民証だった。そして重そうな絨毯を背負っていた。

「あの絨毯を売るのかな?」

 同じバスに乗っていたドイツ人の旅行者に訊いた。

「きっとね。彼らは難民証をもっているから、どこでも行ける。商売もできる」

 そう教えてくれた。

 その後、僕はさまざまな国で、多くの難民を見てきた。国を追われた難民の立場は脆弱で、厳しい生活環境に追い込まれていた。しかし彼らは生きていかなくてはならなかった。彼らの逞しさを支えたのが、難民証だった。

 東京の浅草に、「寿司令和」という寿司屋がオープンした。今年6月のことだ。ミャンマーのラカイン族の男たちが開いた店だ。


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