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通勤需要が観光需要を上回る 関東「私鉄特急戦国時代」

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高橋 徹dot.#鉄道
東武鉄道500系「リバティ」は、分割併合が可能な3両編成にして多くの路線に対応した(C)朝日新聞社

東武鉄道500系「リバティ」は、分割併合が可能な3両編成にして多くの路線に対応した(C)朝日新聞社

大胆なデザインが評判の西武鉄道001系「Laview」は、以外にも実用性が高い(C)朝日新聞社

大胆なデザインが評判の西武鉄道001系「Laview」は、以外にも実用性が高い(C)朝日新聞社

前面展望席を採用しつつ、ボギー構造として輸送力を確保した小田急ロマンスカー、70000形GSE(C)朝日新聞社

前面展望席を採用しつつ、ボギー構造として輸送力を確保した小田急ロマンスカー、70000形GSE(C)朝日新聞社

京成では「スカイライナー」のAE形を使用し、朝に上り「モーニングライナー」を、夕方に下り「イブニングライナー」を運行する(C)朝日新聞社

京成では「スカイライナー」のAE形を使用し、朝に上り「モーニングライナー」を、夕方に下り「イブニングライナー」を運行する(C)朝日新聞社

 関東の大手私鉄9社のうち、東武鉄道、西武鉄道、京成電鉄、小田急電鉄の4社では専用車両による有料特急を走らせている。このところ、小田急ロマンスカーGSEや西武鉄道「Laview(ラビュー)」など、新型特急電車の投入が相次いでいる。この背景には、インバウンド需要に応えた観光輸送への注力だけでなく、沿線利用客に向けた、もうひとつの事情がある。

【写真】西武鉄道では25年ぶりの開発。新型特急「Laview」が大人気

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■特急とは「特別」急行の意味

 かつて特急といえば、国鉄(現・JR)も私鉄も、会社やエリアを代表する列車で、まさに「特別な」急行という存在だった。当時は特急形、急行形、近郊形、通勤形と車両のカテゴリーも明確で、長距離でも急行形に乗るのが一般的だった。

 例えば1960年代の東武鉄道では1720系DRCの特急「きぬ」「けごん」が浅草と鬼怒川温泉、東武日光を結んでいたが、途中停車駅は下今市のみ。まさに浅草(東京)と日光・鬼怒川を短時間で直結することに特化していた。

 これは他社でも似た状況で、小田急電鉄であれば新宿と箱根湯本を、西武鉄道であれば池袋と西武秩父を、少ない停車駅で少しでも速く結ぶことで、東京からの利用者の利便性を図っていたのである。

 しかし、近年は特急を通勤に利用する人が増えていて、観光需要を上回っている。該当する私鉄沿線の人にとっては常識かもしれないが、沿線外の人にとっては実は衝撃的な事実なのである。

■定期券での乗車を認めて利用拡大

 1960年代に東京近郊の宅地化が急速に進み、通勤電車に冷房のない当時は、今以上に通勤地獄であった。関東の国鉄路線では、東海道本線と横須賀線で普通列車にグリーン車を連結し、湘南エリアに住む上流階級の通勤に対応していた。しかし、それ以外の路線では国鉄・私鉄を問わずそのような車両はなく、企業の上層部の人であっても座っての通勤は難しかった。

 そんななか、小田急では1967年から定期券での乗車を認めた。「はこね」を観光輸送に重点を置いた新宿~小田原間無停車の列車とし、途中に停車駅のある「さがみ」「あしがら」を通勤特急的な役割を兼ねる列車と位置付けた。さらに1996年には前面展望席や連接構造をやめ、座席数を増やした30000形EXEを投入。1999年には「さがみ」「あしがら」を「サポート」、帰宅時間帯の特急を「ホームウェイ」と改称し、特急の通勤利用を強化した。

 東武では、1990年に浅草と伊勢崎などを結ぶ急行「りょうもう」(現・特急)に、定期券で乗車できる「ビジネスライナー」を設定。1997年から全特急・急行を定期券でも乗車できるように制度を改めた。1999年には「りょうもう」を特急に格上げした。


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