夢の剛速球を実現するために、理想のアスリート像を川村准教授に聞いてみた。

「身長は190センチ前後が理想でしょう。2メートルまで行くと、腕が長すぎてそれを動かすために力をロスしてしまいます。体重は100キロほどで、体脂肪率は10%前後に抑えたいですね。フォームはスリークオーターかサイドスローが有利です。上手からの投げ方に比べ、肘の内旋軸が短く、速く回転できるからです」

 競技歴については、中学卒業までは野球一筋ではなく、いろいろなスポーツをやっていると良いという。

「バドミントンやテニス、バレーボールなどの肩より上に腕を上げる『オーバヘッドスポーツ』をしているともっと良い。これらは投球動作に似た動きがあります。サッカー選手などが始球式をやると、投げ方が意外と残念だったりすることがありますよね。野球の投球は後天的に獲得されるもので、経験していないと運動能力が高くても対応できません。そのため野球歴は長い方がいいのですが、同じ体の動かし方ばかりすることで故障のリスクが高まります。多くの競技に触れることはケガの予防だけでなく、未知の動きへの学習能力を向上させ、結果として野球にも生きてきます」

 ズバリ人間は何キロまで投げられるのだろうか?川村准教授は「180キロくらいではないか」と推測する。

プロ野球の投手の肘の内側副靭帯には、平均で64Nm(ニュートン)の負担がかかっています。研究のための遺体を使った実験で、靭帯は34Nmの力で切れることが分かっていますので、既に投手らは限界の2倍ほどの負担を背負っていることになります。実際に、球速が145キロを超えると故障率が跳ね上がるという研究結果もあります。理論上は当に限界が来ていますが、ある程度靱帯も適応し、現在も170キロには耐えられることを考えると180キロくらいの球速が限界なのではないでしょうか」

 速球は、ケガと隣り合わせのもろ刃の剣―。そのことを踏まえて、川村准教授は近年の「速球至上主義」に警鐘を鳴らす。

「投手の任務はあくまで打者を抑えることです。客観的に数値化できる速球は魅力的ですが、それを目的にしてはいけない。指導者のレベルが高まっていることで、球速を10キロ上げることは今や難しくない。しかし体には大きな負担がかかります。徐々に速球に体を慣らしていくことと、練習量を調整したり、試合で連投させないなどの最大限の配慮をしてほしいですね」

 160キロが出ると、我々はさらなる記録更新を期待しがちだ。一方で、若き才能が成長するには、長い目で見守る配慮も必要なのかもしれない。
(AERA dot.編集部/井上啓太)