終盤リードを許したら絶望的… 歴代最強の「勝利の方程式」は? (1/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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終盤リードを許したら絶望的… 歴代最強の「勝利の方程式」は?

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圧倒的な安定感で中日のブルペンを支えた浅尾拓也 (c)朝日新聞社

圧倒的な安定感で中日のブルペンを支えた浅尾拓也 (c)朝日新聞社

 開幕から早1カ月が過ぎ、「令和」の新時代を迎えた中で熱戦が続いているプロ野球。各球団の今季の陣容も固まってきた中で、ペナントレースで大きな鍵を握るのがリリーフ陣の「勝利の方程式」であろう。これを確立できたチームほど、この先の数カ月を不安なく戦える。近代野球において、強いチームには必ず、最強と謳われた「勝利の方程式」があった。

【写真】「平成最強助っ人」といえば…

「勝利の方程式」と言われて真っ先に思い浮かぶのが、「JFK」と謳われた阪神のジェフ・ウィリアムス、藤川球児、久保田智之の3人だろう。岡田彰布監督2年目の2005年に誕生。同年、相手のラッキーセブンを無力化した藤川が当時のシーズン最多記録の80試合に登板して46ホールド&防御率1.36、8回を任されたウィリアムスが75試合で37ホールド&防御率2.11、最終回を担った久保田が68試合で27セーブ&防御率2.12と3投手ともに抜群の安定感を披露し、チームはリーグ制覇。「阪神を相手には6回までにリードしないと勝てない」、「阪神の野球は6イニング制」と言われ、2008年までの4シーズンに渡って猛威を振るった。

 その「JFK」が誕生した2005年、阪神を日本シリーズで4タテしたロッテにも薮田安彦、藤田宗一、小林雅英の鉄壁の3人がいた。こちらは「YFK」と呼ばれ、球団31年ぶりの日本一に貢献。この「JFK」および「YFK」の登場により、当時の日本野球にまだまだ残っていた「先発完投至上主義」を完全に「分業制」へと移行させ、リリーフトリオの頭文字を取って名付けることも流行した。

 以降、各球団が「勝利の方程式」の確立を試み、2009年には秋山幸二監督が就任したソフトバンクで攝津正、ブライアン・ファルケンボーグ、馬原孝浩の「SBM」が誕生。同年は3位に終わったが、翌2010年は攝津が71試合で38ホールド&防御率2.30、ファルケンボーグが60試合で39ホールド&防御率1.02、守護神の馬原が53試合で32セーブ&防御率1.63の好成績を残し、7年ぶりにしてソフトバンクとなってから初のリーグ優勝。この3人に背番号48の甲藤啓介を含めて「SBM48」とも呼ばれた。


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