なぜ浦島太郎の結末は不幸なのか? 浦島伝説の知られざるルーツとは (1/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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なぜ浦島太郎の結末は不幸なのか? 浦島伝説の知られざるルーツとは

連載「あなたの知らない神社仏閣の世界」

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「慶運寺」の「浦島観音堂」には太郎が龍宮城から持ち帰った観音さまが祭られている

「慶運寺」の「浦島観音堂」には太郎が龍宮城から持ち帰った観音さまが祭られている

横浜市亀住町の浦島公園脇にある「浦島地蔵」

横浜市亀住町の浦島公園脇にある「浦島地蔵」

鹿児島県指宿市にある「龍宮神社」すぐそばには祈願貝に埋め尽くされた「浦島太郎像」も

鹿児島県指宿市にある「龍宮神社」すぐそばには祈願貝に埋め尽くされた「浦島太郎像」も

 テレビCMでおなじみの三太郎(桃太郎、金太郎、浦島太郎)だが、以前からひとりの太郎にだけ違和感があった。それは最後に幸せになれない浦島太郎である。いじめられている亀を助けてしばらく幸せな竜宮城生活を送ったが、地元に戻ったら数百年も過ぎていてしかも玉手箱を開けたらおじいさんになってしまった。あまりに理不尽な説話である。浦島太郎に落ち度があるとしたら、「決して開けてはいけない」と言われた玉手箱を開けてしまったことだけで、それまで語られた「いい人」「弱きものを助ける人」「親孝行」といった面に救いがなさすぎる。「良い人→幸せな結末」「悪い人→不幸な結末」というモチーフで描かれるほとんどの日本昔ばなしからかけ離れた、珍しい不幸な結末である。

●全国に広がる浦島伝説

 一方でこの浦島太郎にゆかりの名所は、北は北海道の「竜宮街道」から、南は沖縄に伝わる「穏作根子(おさねし/沖縄版の浦島太郎の名前)伝説」まで、日本全国に150余りあると言われている。神社仏閣だけでも数十カ所もあり、その名前ずばりの「浦嶋神社」(京都府)や「龍宮神社」(鹿児島県ほか)も存在している。

 浦嶋神社は、京都とは言っても日本海側の丹後に鎮座し、創建は平安時代初期の825(天長)年、祭神は「浦嶋子(浦島太郎)」が祭られている。日本で最初の浦島関係の寺社と考えられており、相殿に月讀命(つくよみのみこと)、祓戸大神(はらえどのおおかみ)も祭られている。主祭神も珍しいが、相殿もなかなか名を見ることの少ない両神さまである。浦嶋神社のあるかつての丹後国は、歴史的に見ても興味深い背景がある。古墳時代や律令時代初期には、大陸との交通の要衝として栄えたとして考えられており、独特の遺跡類も出土している。このような土地に「龍宮へ行った人物」伝が残っていることは興味深い。

●横浜に残る伝説は少し違う

 そのほか、翁塚や浦島観音などが残る愛知県武豊町の「浦島太郎」伝説、浦島太郎が暮らしていたという伝説が残る長野県木曽と竜宮城があったとされる岐阜県中津川、玉手箱を所蔵している「知里付(ちりゅう)神社」のある愛知県知多など40カ所以上の市町村に微妙に異なる伝説が残っている。その中で特に私が注目したのは神奈川県横浜市に残る浦島伝説である。


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