元巨人・篠塚利夫 (c)朝日新聞社
元巨人・篠塚利夫 (c)朝日新聞社

 2018年シーズンが終了し、早くも来シーズンへ向けた各チームの動きも気になるが、懐かしいプロ野球のニュースも求める方も少なくない。こうした要望にお応えすべく、「プロ野球B級ニュース事件簿」シリーズ(日刊スポーツ出版)の著者であるライターの久保田龍雄氏に、80~90年代の“B級ニュース”を振り返ってもらった。今回は「とんでもエラー編」だ。

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 送りバントでダイヤモンドを1周してホームインという、かつてのファミコン野球ゲームのバグのような珍事が起きたのが、1982年9月15日の中日vs巨人(後楽園)。

 1回表にモッカのタイムリーで2点を先行された巨人はその裏、中日の先発・郭源治の制球難に乗じて、連続四球で無死一、二塁。ここは当然送りバントのケースだ。次打者・篠塚利夫は定石どおり、投前に転がした。

 ところが、雨でたっぷり水を含んだ人工芝にボールが転がったことが、中日守備陣にとんでもない災厄をもたらしてしまう。打球を処理した郭は、捕手・中尾孝義の指示で三塁に送球したが、この時点でタイミング的に間に合ったかどうかは微妙。さらに「(三塁を)振り向いたときに、マウンドが柔らかくて、足が滑ってしまった」というアクシデントも重なり、とんでもない悪送球になった。

 サード・モッカは捕球することができず、ボールは三塁側フェンスに向かって転がっていった。

 さらに、悪いときには悪いことが重なるもの。カバーに入ったレフト・大島康徳も、少しでも早く捕球しようとフェンスに近づきすぎたため、水を吸った人工芝で不規則バウンドしたクッションボールをまさかの後逸。ボールはレフトを転々とした。

 この間に二塁走者・島貫省一、一塁走者・河埜和正に続いて、打者走者の篠塚も返球の間にホームイン。3対2と逆転した(記録は犠打野選と郭のエラー)。当然のように一塁側巨人ベンチは大爆笑の渦。「オレ、笑いすぎてアゴが外れちゃったよ」(中井康之)なんて声も聞かれた。

 “バント3ラン”を献上し、すっかり平常心を失った郭は、4番・ホワイトに一塁内野安打、5番・原辰徳に右中間安打を許した後、中畑清にも四球を与え、1死も取れず、わずか24球で降板。中日はこの回一挙5点を失う羽目になった。

「郭を先発に使ったのは私のミス」と近藤貞雄監督は天を仰いだが、中日は中盤以降猛反撃に転じ、終わってみれば7対7の引き分け。首位・巨人に3.5ゲーム差で踏みとどまり、逆転Vに望みをつないだばかりでなく、シーズン19引き分けのプロ野球記録を達成するオマケもついた。

 同年、中日が8年ぶりにリーグ優勝を飾ったことを考えると、篠塚のバント3ランは、結果的に中日ナインを「なにくそ!」と奮起させた最高のカンフル剤になったと言えるかもしれない。

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久保田龍雄

久保田龍雄

久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。

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