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1カ月ぶりの流動食“完飲”に9分19秒 難治がんとの必死の静かな闘い

連載「書かずに死ねるか――「難治がん」と闘う記者」

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野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた2016年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は闘病中

野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた2016年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は闘病中

1カ月ぶりの食事にかかったのは9分19秒。時間を意識するために、ストップウォッチではかった

1カ月ぶりの食事にかかったのは9分19秒。時間を意識するために、ストップウォッチではかった

 さて、入院中であることを実感するのは、朝食と昼食の間隔が短いことだ。

 配膳された昼食のメニューも、重湯に「みそ汁風」スープと、朝食とほぼ変わらない。知人が見舞いに来るまで話のタネに取っておき、雑談しながら食べきった。

 夕方、病室に現れた医師から「朝食べて今おなかが痛くなっていないのならば、大丈夫。ファーストステップは越えた」と説明された。見送ってすぐ、配偶者にメッセージで伝えた。

 もっとも、その晩は貧血がひどかった。もともと散歩すれば足に、食事すれば胃腸あたりといった具合に血が集まってしまい、頭がぼーっとしびれた感じになる。素人による球技の試合で、ボールがある場所に選手たちが団子状に集まるイメージだ。

 それにしても、と思う。これまで食事をめぐる心配事といえばもっぱら、ものの味の感じ方がおかしくなる味覚障害と、口内炎だった。いずれも、がん本体の状態が悪くなり、抗がん剤を新しいものに差し替えることで生じる副作用だ。

 ところが現状では、がん本体とは離れたところで体調が悪化し、食事が取れない。たとえ副作用を伴うとしても、抗がん剤が使える体調に戻す。それが目標だ。

 食事を重ねるにつれ、胸やけがひどくなり、看護師に吐き気止めを頼むようになった。途中で「先ほどの錠剤は効きましたか。点滴に代えますか」と聞かれたが、効いた上で現状か、効いていないのか。難しい判断だ。

 3日目となる25日朝、食事に少し手をつけたところで、ついに吐いた。

 食事再開の試みはいったん中断し、体調が整うのを待つことになった。

 3日間の試みで良かったのは、口から食べ物を取ったことで、なかなか上がらなかった栄養状態の数値がよくなったことだ。

 それを「いいことがあれば、悪いこともある」とフラットに受けとめては、身もふたもない。せめて「悪いこともあれば、それに見合ういいこともある」と、次をめざして楽観的に構える。

 貧血でぼーっとした頭が元通りになるまで、ほかの患者でにぎやかな病室でひとり目をつぶってしのぐ。間隔を6時間おかないと使えない痛み止めの薬を1日にどう配分するか、痛む体と相談して決める。食事が取れるならば、たとえば流動食の完食にかかる時間を8分間、長くする――。

 足をばたつかせることもなければ、声ひとつ上げるでもない。それでいて必死の静かな闘いが、また続いてゆく。


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野上祐

野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた2016年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は闘病中

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