2016年2月に彼は総理大臣に自分の主張を訴えようとして手紙を持っていくのですが、警備が厳しいので3日間通った末に衆議院議長公邸に手紙を渡します。手紙の内容は殺害予告だったのですが、彼がそんなふうに思いつめていくのがそう以前からでなく、2月初め頃からなんですね。そんなふうに短期間におかしくなっていったプロセスや、いまだにその考えに固執している異様さを見ると、何らかの精神的疾患によるという疑いも捨てきれません。

 気になるのは、彼が2016年2月にそうなっていくひとつのきっかけは、テレビでトランプ大統領候補とイスラム国のニュースを見たことなんですね。つまり混迷している世界状況を、暴力的に片づけていくという発想に、彼は傾いていくのです。今回の本に収録した植松被告の30ページにも及ぶマンガ(資料参照)があるのですが、それは人類社会に絶望して暴力的に破壊するというストーリーです。これを彼は獄中で約半年かけて描いていったのです。

 暴力的な破壊は結局、社会的弱者を攻撃の対象にすることになるのですが、日本だけではなく世界で蔓延している排除の思想が明らかに植松被告に投影されていると思います。だからこの事件は恐ろしいのです。被告本人を極刑にしただけで解決するような問題ではありません。

──事件は、日本社会にどんな問題提起をしたのでしょうか。

 たとえば、植松被告は事件の約半年前に犯行を予告し、ほぼその通りに決行しています。この犯罪をどこかの段階で防ぐことができなかったのか。彼は措置入院によって精神病院に送られるのですが、精神科医はもちろん治療が目的なので、症状がおさまれば退院させるわけです。でも彼の手記を読むとわかりますが、彼は措置入院中に事件の決行を決意し、早く退院するためにおとなしく振舞っていたのです。しかも退院後は決行までの間は生活保護を受けて食いつないでいくとか、犯行へ向けて準備を進めていくのです。

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植松被告を生んだ日本社会の病理