それに対して退院後は何のフォローもなされていません。行政側は対応しようとしていたのですが、最初、植松被告は、八王子の親のもとへ戻ると言いながら実際は相模原に戻っていた。八王子と相模原の行政側の連携ができていなかったために何もできずに事件を防げなかったのです。

 そもそも彼のようなケースに対して、精神病院に犯罪予防的な機能を負わせること自体、無理があるわけで、こういう事件に対抗するシステム自体ができていないのですね。なぜそれが難しいかと言えば、それは監視社会の強化ということと結びついているからです。「ケア」というのは、される側からみれば「監視」なのです。

 そういう難しい問題をたくさん抱えている事件だけに、現時点では何の有効な対策も講じられていません。この1年間、事件の報道がほとんどなされなかったのも、そういう難しい問題に多くのマスコミがたじろいだためだと思っています。

──日本には、まだ障害者差別の考え方が根強いのでしょうか。

 19人の犠牲者がいまだに匿名のままであることが象徴的ですね。誰もが総論としては「障害者を助けたい」と言うのですが、現実にはあまり関わりたくないと思っている。この事件への無関心が広がっているのはそのためでしょう。

 その一方で、ヘイトスピーチに象徴される、ある種の排外主義が日本で急速に拡散しつつあります。植松被告の考えがそれとどこかでつながっているのは明らかだと思います。

 この事件は、日本社会の中にあった「パンドラの箱」を開けてしまった。障害者差別の問題を含め、これまで曖昧にされてきた多くの問題をこの事件は表にさらしました。だから、この社会は、もっとこの事件にきちんと向き合わないといけないと考えています。今回の出版は、そのきっかけになってくれればという思いから行ったものです。

(構成/AERA dot.編集部・西岡千史)