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「炎立つ」に出演した村上弘明が今だから明かす“奇跡”を感じた瞬間

連載「大河ドラマ誕生55周年の秘話」

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植草信和dot.#ドラマ

村上弘明さん (c)朝日新聞社

村上弘明さん (c)朝日新聞社

 1989(昭和64/平成1)年から91年までの2年余、NHK内部は大きく揺れ動いていた。当時のNHK会長だった島桂次が、自ら“NHKのペレストロイカ(改革)”と名付けたNHK商業化策によって紅白歌合戦の廃止、ドラマ制作の外注化が実行されはじめたからだ。

 島桂次、通称シマゲジ(1991年、衆議院逓信委員会での虚偽答弁が露見したために辞任)の言い分は、「本体だけで作るのは効率的ではない。競争原理を働かせるため」というものだった。

 紅白歌合戦の廃止はまぬがれたが、大河ドラマは1993年の第31作「琉球の風」と翌94年の「炎立つ」がその煽りをもろに受けた。島の強い意向で、制作がNHK本体から切れ話されて子会社のNHKエンタープライズに移されたのだ(OPは共同制作になっている)。

 大河ドラマは過去30年間、毎年1月から12月までの“暦年形式”で作られてきたが、「琉球の風」は1月から6月までの半年間、全23話。次の「炎立つ」が7月から3月までの8カ月間、35話という変則形態になって視聴者を戸惑わせた。それは、「山河燃ゆ」(1984)から始まった“近現代史への路線変更”以上の激震だった。

「琉球の風」「炎立つ」両作のチーフ・ディレクター吉村芳之(昨年2月逝去)は、「準備段階であまりに難しい問題が続出したので、本当に撮影を始めることができるのか不安になったことが何度もありました」と語っている。しかし、沖縄・琉球王朝を舞台にした「琉球の風」はそれまでの大河にはなかったローカル色豊かな異色作と、メディアは好意的に報じた。

 一方の「炎立つ」は、奥州藤原氏の経清の時代から源頼朝に滅ぼされる泰衡までの百数十年余にも及ぶ藤原氏の歴史を、3部構成で描いた壮大なストーリー。これほどの長いスパンは大河始まって以来で、その構想の雄大さが話題になった。

「炎立つ」は、第1部「北の埋み火」(全12回)。渡辺謙演じる藤原経清が朝廷との戦いで非業の死を遂げる“前九年の役”終結まで。第2部「冥(くら)き稲妻」(全8回)は、村上弘明演じる経清の遺児清衡が奥州独立国家の夢を実現させる“後三年の役”終結まで。第3部「黄金楽土」(全15回)は、渡辺謙(二役)が演じる泰衡が源義経を抱え込んだために滅亡するまでの物語だ。


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