国歌の歌詞から見えてくるのは対立ばかりではない。ラグビーの強豪国、南アフリカ共和国国歌『南アフリカの国歌』はコサ語、ズールー語、ソト語という主に黒人が古くから使っている言語で歌われる『神よ アフリカに祝福を』と、英語、アフリカーンス語で歌われる『南アフリカの叫び声』をそのまま繋げて歌われる。二つの曲を五つの言語で歌う国歌はどのような経緯で誕生したのか。

 前半部分の『神よ アフリカに祝福を』は、のちに大統領となるネルソン・マンデラがアパルトヘイト政策反対運動を行っていた際、彼が率いた団体のシンボルとして歌われていた。一方、後半に歌われる『南アフリカの叫び声』はマンデラが大統領に就任するまで南アフリカの唯一の国歌だった。同国ではアパルトヘイト政策と呼ばれる白人優先の人種差別政策が行われ、少数派の白人が経済や政治などの要所をおさえて国を動かしていた歴史がある。それは国歌の歌詞が旧宗主国の言語であるアフリカーンス語(オランダ語のアフリカなまり)や英語(イギリス)であることからも知ることができる。

 この二つが一緒になったのはアパルトヘイト政策を廃止したマンデラが大統領になった後だ。マンデラが南アフリカにおいて黒人初の大統領に就任した際、大きな問題にぶつかる。それはアパルトヘイト政策によって確執が決定的になった白人と黒人の関係。もし白人を排除すれば黒人の不満は解消されるかもしれないが、経済や政治の要所を担っていた人材を失い、国の損失は計り知れない。そして何よりも南アフリカに住む白人たちは占領者ではなく、南アフリカ生まれの、れっきとした南アフリカ人ということもあり、マンデラは白人、黒人の共存の道を選んだ。彼は大統領就任演説でこのように国民たちに語り掛けている。

「私たちは一つの契約を結んだ。黒人も白人も、全ての南アフリカ人が胸を張って歩くことができ、何も恐れることなく、人間としての尊厳についての不可侵の権利が保障される国。国内でも外国とも平和な虹の国を築こうという契約を」

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国歌斉唱から見える意外な面