それを現在のまま、簡単に変えられない憲法の中に埋め込んでしまうと、解釈で対応しなければならないリスクは、かえって拡大します。ですから、ポジティヴリストで限定列挙すれば安心だ、という議論はきわめてあぶないと思います。善意にもとづく真摯な提案であることは理解できるのですが」

■実定法のとおりにすると、人が本来やるべきことに反するときがある

 同じことは、安倍首相の提案(9条1項、2項を残したまま自衛隊明記)についてもいえると長谷部教授は指摘する。この「首相案」については、党内からも異論が噴出。自民党憲法改正推進本部は細田博之本部長の一任で押し切ったものの、2項削除論を展開する石破茂・元幹事長らの不満はくすぶっている。

「提案者の考える理由が、そのままできあがった条文の有権解釈に直結するわけではありません。現在の日本国憲法の条文についても、提案時点での説明と現在の運用とが食い違っている例は少なくない。提案理由がそのまま有権解釈に直結するという想定は、あまりにも単純素朴です。

 ふつうの法律(実定法)というのは、一人一人に判断することをやめさせて、権威である自分たち(法律)のいうとおりにしてくださいと命令するものです。なぜ実定法が、自分たちは権威である、と主張するのかといえば、実定法の求めるとおりに行動するほうが、あなた方が本来やるべきことだから、ということになり、その要求を支える理由になります。

 けれども、公園内への自動車乗り入れ(禁止)と急病人の例(救急車が入れず見殺しにするのかという議論)が示すように、実定法の要求が、時には筋の通らない場合もある。

 実定法のとおりにすると、人が本来やるべきことに反する、そういうときには良識に立ち戻り、本来の人間の姿に戻って、どう行動するべきかを判断しましょうと呼びかけるのが憲法の役割です。まさに、道具としての憲法の姿が示される場面といえるのです」。

長谷部恭男
1956年、広島県生まれ。早稲田大学法学学術院教授。専門は憲法学。東京大学法学部卒業。学習院大学法学部助教授、東京大学教授などを経て2014年より現職。15年、衆議院憲法審査会で安保法案を「憲法違反」と発言し物議をかもした