10月18日の第1戦(広島)、2点を追う8回に先頭打者として打席に入った達川は、西武の先発・東尾修が投じた内角球にガックリ膝をつくと、右手で左手首を押さえながら「当たった!」と死球をアピール。だが、シーズン中から何度も同様のパフォーマンスを演じていたことから、たちまち見破られ、結局、三振に倒れた。

 しかし、これに懲りることなく、同21日の第3戦(西武)では、1点を追う3回1死、カウント1-1から郭泰源の投じたインハイのストレートがバットに当たり、打球がコロコロとマウンドに転がると、今度は左手の手袋を外して、「見て!見て!」と久保田治球審に死球を訴えた。その必死な姿にスタンドからドッと笑いが起きる。

 手に当たったのは嘘ではないようだが、「打ちに行っているから」という理由であえなく却下され、第1戦に続いて三振に終わった。「チームの勝利のためには、何が何でも出塁してやる」というプロ魂のなせる業でもあるが、ユーモラスな雰囲気が漂うのは、達川のキャラクターならではだ。

 そして、5対4と逆転した8回2死一、二塁では、渡辺久信の内角球を避けきれず、右胸に命中。倒れ込んだ達川の姿を見た実況アナは思わず「今度は本当に当たった!」と絶叫した。

 ところが、達川は何事もなかったようにケロリとした顔で一塁に向ったので、スタンドはまた爆笑の渦に包まれた。

 広島は今季17年目を迎えたベテラン捕手・石原慶幸も“一握の砂”で一塁走者の二進を阻止するなど、騙しのテクニックの伝統は健在。その元祖は、達川であるのは言うまでもない。

 そんな達川に劣らぬ一世一代の名演技を披露したのが、奇しくも同じ捕手で、大洋時代の若菜嘉晴である。

 1987年8月4日の巨人戦(横浜)、大洋が8対4とリードして迎えた8回、若菜は代打・石井雅博の左中間二塁打で一気にホームをついた一塁走者・中畑清と本塁上でクロスプレーになった。

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“騙し”もテクニックの一部?