マラドーナ、スアレス、バロテッリ、カッサーノ…サッカー界”悪童”たちの歴史 (1/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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マラドーナ、スアレス、バロテッリ、カッサーノ…サッカー界”悪童”たちの歴史

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ベローナへの移籍を決めながら二度の引退発表で世間を騒がせたカッサーノ(写真:getty Images)

ベローナへの移籍を決めながら二度の引退発表で世間を騒がせたカッサーノ(写真:getty Images)

 先日、新シーズンに向けてイタリアのベローナへ加入することが発表された元イタリア代表FWアントニオ・カッサーノが、1週間以内に2度の引退宣言というお騒がせ行動で突然キャリアの幕を閉じた。近年は多少の落ち着きを見せていたが、元々イタリアサッカー界では “問題児”として知られる。

 カッサーノはイタリア南部のバリ出身で、「貧乏だったが何もできなかったし、生涯仕事には就かないと決めていた」と自叙伝で明かしたように、サッカーの才能がなければどうなっていたかという男だ。一級品の才能に恵まれたものの、若き日の彼は次々に事件を起こしてきた。

 U-21イタリア代表時代には、当時のクラウディオ・ジェンティーレ監督がスタメン起用しなかったことに激怒し、怒鳴りつけて勝手に帰宅した。後年、ワールドカップでアルゼンチンと対戦した際には、ディエゴ・マラドーナのマークを務めたジェンティーレへの敬意を求められると「あいつは審判の見ていないところでシャツを掴んで足を蹴っ飛ばしただけだ」と悪態まで付く始末だった。

 20歳を前に強豪ローマに移籍してからも、練習で股抜きを決めたバンサン・カンデラを相手に「お前の母親と一緒で股がよく開いている」と暴言を吐いて、教育係のフランチェスコ・トッティを呆れさせてみせれば、世界的なストライカーのガブリエル・バティストゥータのコーヒーに大量の砂糖を入れたところを見つかって殴り合いに発展するなど、問題行動は続いた。

 それでもカッサーノは結婚を機に落ち着いた行動を取ることが多くなり、問題行動は減っていった。そのカッサーノと2012年の欧州選手権でイタリア代表の2トップを組み“バッド・ボーイズ”と称されたのがFWマリオ・バロテッリだった。バロテッリもまた、数々のお騒がせ行動を取ってきた。


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