年に9回あるマスターズ大会の位置付けや価値は、その時々の選手の状況やサーフェス等との相性、そして長いシーズン内でのスケジュールを映して、著しく趣を変える。

「相性で言うとマイアミやマドリードが良いので、そういうところで気合いを入れていきたい」

 錦織がそう語ったのは、3月のインディアンウェルズ・マスターズ開幕直前。ボールが独特の飛び方をする砂漠の町での大会を彼は不得手とし、逆に、住み慣れた地元フロリダでのマスターズを得意とする。その言葉と意気込み通り、マイアミでは決勝進出。マドリードでもベスト4へと勝ち進んだ。

 また、ウィンブルドン後に1カ月程の休養を挟んで迎えたカナダマスターズでも、錦織は準決勝でスタン・ワウリンカを破り決勝まで勝ち上がる。結局、これら好結果を残した3大会はいずれもジョコビッチに阻まれたが、それも対戦するごとに勝利へのヒントを持ち帰る、頂点への肉薄のプロセスであった。

 逆に3回戦で敗れた8月のシンシナティは、動機づけが最も難しいマスターズだったろう。リオ五輪での激闘からわずか1週間後の大会であり、さらに全米オープンを2週間後に控えた中での大会。「全米オープンにどうしてもピークを持っていきたいので、絶対に無理はできない。ちょっといろいろと迷いながら……」と、錦織本人も迷いを隠しようがなかった。

 今季錦織はマスターズ7大会(上海マスターズはケガで欠場)を戦い、準優勝2回、ベスト4が2大会、ベスト8が1度、3回戦敗退が2回という結果でシーズンを終えた。この戦績が示すように、目指す頂点に到達する地力とチャンスが、今の彼には十二分にあることは明らかだ。あと必要なのは少しの運や巡り合わせ、そして、世界1位を狙ったマリーがシーズン終盤戦で見せたような、獲物を視野に入れた際の危機迫るまでの飢餓感や克己心だろう。今年の錦織は、カナダマスターズからリオ五輪、そして全米オープンへと続いた過酷な夏で、その炎を見せてくれた。マイアミからローマまでのマスターズ3大会では、得意とするサーフェスでは例え誰が相手だろうと、勝つ力があることを証明した。

 それら、重ねた激闘の中でつかみとった手掛かりを組み合わせれば、目指すその日は、来年にも訪れるはずだ。

 あと一息……もう少しばかり手を伸ばした先である。(文・内田暁)