バイクで出勤する黒岩さん(撮影/岩崎有一)
バイクで出勤する黒岩さん(撮影/岩崎有一)

 2016年11月に豊洲への移転を控える築地市場。約80年に及ぶ築地市場の歴史を支えてきた、さまざまな“目利き”たちに話を聞くシリーズ「築地市場の目利きたち」。フリージャーナリストの岩崎有一が、私たちの知らない築地市場の姿を取材する。

 岩崎が最初に取材したのは、いわゆる氷屋さん。築地市場になくてはならない商売のひとつだ。氷屋の目利きは、ぶっきらぼうでありながら、熱い男だった。豊洲への移転だけでなく、市場そのものが抱えるさまざまな問題について、言葉を慎重に選びながら、ゆっくりと噛み締めるように語ってくれた。

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 築地市場で魚を扱うのに、氷は欠かせない。仲卸での陳列も、発泡スチロールへの梱包(こんぽう)でも、魚と氷はいつもセットだ。だから築地には、氷の販売だけを行う「氷屋」がいる。

 昨年12月の朝1時40分、上下とも防寒下着を着込んだ私は、墨字で大きく「氷販第一売場」と書かれた店を訪ねた。氷販の正式名称は、築地市場氷販株式会社。築地場内に6カ所ある全ての氷売り場は、この氷販が担っている。ターレと呼ばれる小型運搬車や手押し車に、大人が1人から2人収まるほどの大きさのたるやダンベ箱(バケツのようなもの) を乗せて仲卸が氷を買いに来ると、注文ごとに氷柱を砕いて氷塊をつくる。ここで売られる氷が、築地の魚の鮮度を保ち続けてきた。

 氷販の営業は朝の2時から。畳一畳ほどの「ボックス」と呼ばれる帳箱(会計を行う事務所のこと)を開き、釣り銭用の小銭と伝票を準備。冷蔵庫から氷柱を10本ほど引き出し、そのうちの何本かを氷を砕く機械に入るくらいの大きさに切り分ける。残りの氷柱には、溶けないよう輸入マグロを包むのに使われたアルミの布団が掛けられた。これにて開店準備が完了。

 2時の開店とともに、氷を買い付けにターレが続々やってきた。大人一人が入れるほどのダンベ箱に氷を満載したターレが、再び、仲卸の店々が並ぶ小道へと消えていく。

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