ネット上で話題になっている「もらって楽しい請求書」。16年2月制作の未公開作品(小坂タイチさん提供)
ネット上で話題になっている「もらって楽しい請求書」。16年2月制作の未公開作品(小坂タイチさん提供)
切手の絵柄をヒントに、さまざまな世界が広がる。こちらは「自信作」だとか (小坂タイチさん提供)
切手の絵柄をヒントに、さまざまな世界が広がる。こちらは「自信作」だとか (小坂タイチさん提供)
ブログを見た地元企業からコラボレーション封筒の依頼も (小坂タイチさん提供)
ブログを見た地元企業からコラボレーション封筒の依頼も (小坂タイチさん提供)
もともとは、イラストの作品集を送る際に工夫としてやっていたという(小坂タイチさん提供)
もともとは、イラストの作品集を送る際に工夫としてやっていたという(小坂タイチさん提供)
「どうすれば笑わせることができるのか」を考えながら請求書を作成するという小坂さん(小坂タイチさん提供)
「どうすれば笑わせることができるのか」を考えながら請求書を作成するという小坂さん(小坂タイチさん提供)

「あげる」と言われてもあまりうれしくない、むしろもらいたくない請求書。作成する時はうきうきするが、受け取る側になると、とりあえず1回、郵便受けを閉めてしまう。しかし、インターネット上で話題になっている「もらって楽しい請求書」なら、届いてもなんだか幸せな気分になれそうだ。作者を直撃してみた。

【新作も!もらって楽しい請求書ギャラリー】

 封筒にずらりと張られた猿の切手。背景に温泉の絵が描かれ、ほのぼのとした様子だが、よく見ると中に2枚、人間の切手が含まれている。「この温泉って人間用じゃなくない!?」のふき出しに、思わずにやり。東京都三鷹市在住のイラストレーター、小坂タイチさん(38)が制作した「もらって楽しい請求書」だ。自身のブログで公開してから、SNSなどを通じて広がっている。

 小坂さんの描くイラストは、親しみやすく、分かりやすいのが特徴。町を歩いて取材し、地図に名所やお店などの情報を落とし込んでいく「イラストレーションマップ」が得意で、旅行誌の地図や児童書、三鷹市のご当地カルタなどを手掛ける。なぜ請求書の封筒に楽しいイラストを描くようになったのか?

 もともとは営業方法の一つとして始めたという。それまで、作品ファイルを出版社などに送っても、ほとんど反応がないことが多かった。そこで、開封してもらうための工夫として、「もらっても楽しい請求書」を試してみた結果、「面白がって興味を持ってもらえ、仕事の依頼もいただけるようになった」そうだ。

 時を同じくして、「自分なりに感謝の気持ちを表現しよう」と原稿料の請求書を入れた封筒にも絵を描くようになった。「人を笑わしてなんぼ」と考える大阪出身の小坂さん。「(請求書を受け取る)瞬間をちょっとでも楽しく、クスッと笑ってもらえたらいいなあ」という思いだった。

「怒られるかも」とドキドキしながらの試みだったが、受取先の反応はうれしいものだった。「おもしろい請求書をありがとう」とメールが届いたり、会った時に話題になったりしたという。ブログでの公開をきっかけに、数年前に送った人から「今も捨てずに残している」と連絡があったそうだ。

 新しい仕事につながった例もある。16年2月には、ブログを見た地元の合同会社から「和食の切手を使えるようなDM用の封筒をデザインしてほしい」という依頼があった。会社名を名前にしたご飯屋さんをテーマにイラストを描き、「今日のおすすめ」の部分に和食の切手を張れるようにした。

「ただの趣味としてやっていたので、仕事として依頼されるとは思っておらず、なんでも公開してみるものだなぁとびっくりしました」(小坂さん)

 普段から使えそうな切手があるとストックしている。それらを使い、封筒に独自の世界を描く。画材はミリペンとコピック(マーカーの一種)。頭にあるのは、「どうすれば笑わせることができるか」だ。「内容的には完全におふざけ。教科書の落書きと同じレベル」というストーリーを展開する。

 気を付けているのは、あまりこり過ぎず、いい感じの“ユルさ”を出すこと。きれいに描き過ぎると、切手に気が付いてもらえなかったり、もともとの絵柄だと思われてしまったりする心配があるからだ。「直筆で1点ものである」ということにこだわり、「送ってしまったら手元に残らないはかなさも楽しんでいる」という。

「忙しい時は無理してやらない」をモットーに、時間がある時や、おもしろい切手が手に入った時、気が向いた時に描いている。これまでに作成したのは約100通。多忙な中でも忘れない遊び心に敬服し、「請求書で描きたいイラストはありますか?」と聞いたところ、「というよりは、請求書をいっぱい送りたいです」という答えが返ってきた。そりゃそうだ。

「仕事と思ってやっていることではないので、どう発展させるかなどは特に考えていない。こんなバカバカしいことを一生懸命やっている小坂というやつがいるんだということが広がればうれしい」(小坂さん)

 仕事でもネットやメールでデータを送れば完結してしまう時代。請求書もPDFファイルで送り、顔を合わせずに終わることがほとんどだという。便利な反面、寂しさも感じる。楽しい請求書には「少しでも人対人の『ぬくもり』のやり取りになればいい」という思いも込められているのだ。

 小坂さんの“作品”からは、受取人を少しでも楽しませたいという心遣いが感じられる。ビジネスライクになり過ぎず、遊び心を忘れずに。請求書のイラストは無理でも、その心がけは見習いたいものだ。(ライター・南文枝)