むの氏は「国家は、交戦権を持つことで一人前の国家となる」としながら、9条はそれを頭から否定するものだという。つまり、勝った者が負けた者を無残に裁き、日本という国家へ死刑判決を下したというのだ。しかし同時に、これは“軍国日本”への死刑判決でもある。そしてこの“死刑判決”には、「人類が生き残るとすればこれしかない、という太陽の輝きがあった」と続ける。

「そのことについて我々は考えないとならなかったのよ。連合国から受けた最大の侮辱と、太陽の輝きの中で、私たちはおいおい泣きながら、死にものぐるいで、もがかなきゃいけなかったのよ。その上で憲法9条に光をみたら、今とは全然違う状況になっていたと思うんだ」(「再思三考」2010年8月16日)

 むの氏の連載「再思三考」約150編から86編を収めた本書『日本で100年、生きてきて』には、この国で100年生きた氏の経験に裏打ちされた、目が覚めるような言葉が溢れている。

 例えば2015年6月5日に掲載された安保法制に関して、自著『詞集 たいまつ』より引用した「ニセモノはみんな仰々しい。ホンモノはみんな素朴だ、ひっそりと」という言葉は、安保法制について説明不足だとしながら、多くのたとえ話でごまかそうとしているとしか思えない安倍政権を痛烈に批判している。

 安保法制だけでなく、従軍慰安婦問題やヘイトスピーチ、原発問題まで、多くの未解決問題を抱えたまま、戦後70年の節目を迎える日本。今この国に最も必要なのは、“ホンモノ”の言葉なのかもしれない。