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テレビ局は“女子アナ“ではなく“女性アナウンサー”を採用すべき?

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 2020年夏季オリンピックの東京招致最終プレゼンテーションで語られた、登壇者たちの自信に満ちたスピーチは記憶に新しいところです。このスピーチだけで招致成功を導いたわけではありませんが、大きな要因の一つだったと言われています。

 一方、この招致活動の先頭に立ち、堂々たるスピーチを披露した猪瀬直樹氏でしたが、大手医療法人「徳洲会」から現金5000万円を受け取っていた問題を東京都議会で糾弾されたときの苦しい答弁の様子は、同一人物とは思えないほど狼狽したものでした。

 このように「発話」には、その人の精神状況、ひいては人格までもが露呈すると説いているのが、TBSで37年間アナウンサーとして活躍してきた吉川美代子さんの著書『アナウンサーが教える 愛される話し方』です。

 TBSアナウンススクールの校長も務める吉川氏は、同書で女性アナウンサーの採用方針についても警鐘を鳴らしています。1970年代は、容姿よりも声やアクセントやイントネーション、表現力に重点が置かれていましたが、バブル期あたりから、バラエティ番組にアナウンサーを登用するという傾向が強まり、容姿やタレント性が重視されるようになりました。吉川氏にとって、アナウンサーとは「聞き取りやすい声、正しいアクセントと言葉づかい、的確な表現、そして社会人としての常識と品格ある態度でニュース読んだり、司会・実況放送などをしたりする人」のことを指します。その意味で、それらを重用視しない“女子アナ”はアナウンサーの亜種、または別種であると分析します。

 続けて吉川氏は、昨今のそのような“女子アナ”隆盛の状況が、2011年の東日本大震災を契機に見直され始めていると指摘します。地震のような災害時は生放送に切り替わるため、アナウンサーの「声で伝える」ことに関する力量と人間性が試されてしまいます。そのときに、“女子アナ”の表層的な華やかさではなく“アナウンサー”としての本分と人格が重要になってくるのです。

「声は人格そのものです。どんなに技術的なことでカバーしても、人格が歪んでいたら、真に人の心に響く言葉を話すことはできません。これだけは忘れないでください」

 長年にわたり、「声で伝える」プロとして生きてきた一人の女性アナウンサーの実感から発せられたメッセージ。アナウンサー以外の人々にも、社会生活や人間関係を円滑に送るうえでの、本質的な心構えのヒントになるかもしれません。


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