●インターネットに足りなかったのは「信頼のプロトコル」

 30年以上も前から、技術者たちはインターネットにおけるプライバシー、セキュリティ、インクルージョン(あらゆる立場の人が参加できる状態)の問題を解決しようと取り組んできた。暗号技術は着実に進化したけれど、それでも完璧に穴をふさぐことはできなかった。どうしても第三者が介入することになるからだ。

 たとえばクレジットカードを使ってオンライン決済するためには、あまりに多くの個人情報を危険にさらさなくてはならない。それにクレジットカードの手数料は高すぎて、小額決済の場合は割にあわない。

 デヴィッド・ショームという数学者は、1993年にイーキャッシュ(eCash)という電子決済システムを考案した。これは「匿名かつ安全な送金を可能にする技術的に完璧なプロダクト」で、「インターネットで小銭を送るのに最適なしくみ」だと言われていた。マイクロソフトをはじめとする企業もその可能性に期待し、イーキャッシュを自社製品に取り入れようとしたほどだ。ところが悲しいことに、当時の消費者はオンラインのプライバシーやセキュリティにまったく関心がなかった。結果として、ショームの立ち上げたデジキャッシュ社は1998年に倒産した。

 同じ頃、ショームの同僚だった暗号学者のニック・サボは「神のプロトコル(The God Protocol)」と題する短い論文を書いた(物理学者レオン・レーダーマン「神の素粒子(the God particle)」という言いまわしに掛けたものだ)。サボは論文のなかで、あらゆる取引の仲介者として神を置けば、そのプロトコル(つまり通信のしくみ)は完全無欠なものになると述べた。

「参加者は全員、神に入力値を送信する。神はそれを受けて、確実に正しい結果を送り返す。神はけっして秘密を漏らさないので、誰も取引相手について出力された結果以上の情報を知ることはできない」

 要するに彼が言いたいのは、インターネットで取引をするためには根拠のない信頼が不可欠であるということだ。インターネットのしくみ自体には十分なセキュリティが備わっていない。だから僕たちは、仲介者を神のごとく信頼するしかない。

 それから10年後の2008年、世界的な金融危機が起こった。同じタイミングで、サトシ・ナカモトを名乗る謎の人物(またはグループ)がある論文を発表した。そこに書かれていたのは、ビットコインと呼ばれる暗号通貨を使った、P2P(ピア・ツー・ピア)方式のまったく新しい電子通貨システムの概要である。

 暗号通貨が従来の通貨と違うところは、発行にも管理にも国が関与しないという点だ。一連のルールに従った分散型コンピューティングによって、信頼された第三者を介することなく、端末間でやりとりされるデータに嘘がないことを保証する。

 この一見ささいなアイデアが火種となり、コンピューターの世界を興奮と不安とイマジネーションで燃え立たせ、さらにはビジネス、政治、プライバシー、社会開発、メディア、ジャーナリズムなどのあらゆる分野に燃え広がった。

「ついに来た、という感じでしたね」そう語るのは、かつて世界初の一般向けウェブブラウザ「Mosaic」を開発したマーク・アンドリーセンだ。

「こいつは天才だ、ノーベル賞に値するぞ、と騒がれています。これこそインターネットがずっと求めつつ得られなかった分散型信頼ネットワークなんです」

 神ではなくただの人間が、冴えたプログラムによって、信頼を創りだす。このことはいったい何を意味するのだろう。いまやあらゆる分野の賢明な人たちが、それを理解しようと努めている。こんなものはかつて一度も存在しなかった。複数の当時者のあいだで直接取り交わされる、信頼された取引。それを認証するのは多数の人びとのコラボレーションであり、その動力源は大企業の儲けではなく、個々の小さな利益の集まりだ。

 神ほど全能ではないにせよ、このしくみはとんでもない力を秘めている。本書ではこれを「信頼のプロトコル」と呼びたい。

 信頼のプロトコルをベースとして、世界中に分散された帳簿がその数をどんどん増やしている。これが「ブロックチェーン」と呼ばれるものだ。ビットコインも一種のブロックチェーンであり、今のところ世界最大規模のチェーンとなっている。

 なんだかややこしい話のようだが、考え方はシンプルだ。要するにブロックチェーンを使えば、僕からあなたへと直接、安全に、銀行やカード会社を介さずに、お金を送ることができる。従来の「情報のインターネット」に対して、ブロックチェーンは「価値とお金のインターネット」だと言えるだろう。

 ブロックチェーンは、誰でも真実を知ることができるプラットフォームだ。しかもオープンソースで公開されているから、誰でも無料でソースコードをダウンロードし、それを使って新たなツールを開発することができる。

 今後ブロックチェーンを使ったアプリケーションが続々と登場し、まだ誰も思いつかないようなやり方で、世の中を根本から変えてしまうかもしれない。ブロックチェーンはそれだけのポテンシャルを秘めているのだ。

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ブロックチェーンとはいったい何なのか