マップとは物語のようなものだ。ゲストがロボットと出会い、ロボットはゲストに歯ブラシをわたし、ゲストはロボットに夢中になる。このなかに、ロボットとゲストが初めて出会う、決定的瞬間がある。たとえばロビー、エレベーターのなか、廊下など。

 では、僕らはどの瞬間に力を注ぐべきだろう? スプリントはたった5日間だから、具体的な瞬間をピンポイントで絞り込まなくてはならない。スティーブは「お届けの瞬間」を選んだ。これをきっちりやれば、ゲストを喜ばせることができる。だがしくじれば、フロントデスクは混乱した客への対応に一日中追われるだろう。

 ある大きな懸念がくり返しもちあがった。ロボットが実際以上にかしこく見えるとまずいことになる。「みんなC-3POやウォーリーに慣れちゃってるからな」とスティーブはこぼした。「ロボットには感情や計画、希望、夢があると思い込んでいる。うちのロボットはそこまで進んでいない。ゲストが話しかけても返事は返せない。がっかりさせたらおしまいだ」

●無数のソリューションを瞬間的に絞り込む

 火曜日、チームは問題からソリューションへ焦点を移した。騒々しいブレーンストーミングを行う代わりに、各自が個別にソリューションをスケッチした。デザイナーだけじゃない、チーフ・ロボットエンジニアのテッサ・ラウ、事業開発責任者のイズミ・ヤスカワ、それにCEOのスティーブもだ。

 水曜日の朝、スケッチとメモが会議室の壁に貼り出された。新しいアイデアのほか、前に却下されたアイデアや、十分検討されなかった古いアイデアもまじっていた。ソリューションは全部で23あった。

 これをどうやって絞り込もう? 普段なら何週間もの会議やEメールのやりとりをもって決定する。でも僕らに許された猶予はたった1日。金曜日のテストが目前に迫っているのを、誰もがひしひしと感じていた。僕らは投票と体系化された議論によって、すばやく、静かに、いい争うことなく決定を下していった。

 サヴィオークのデザイナー、エイドリアン・カノーソのとびきり大胆なアイデアもテストされることになった。ロボットに顔をつくり、ビープ音とチャイムを鳴らすというものだ。また、スケッチのうち、おもしろそうだが異論の多いアイデアもとり入れられた。ロボットが嬉しいときに小躍りするのだ。「個性を与えすぎじゃないかという不安はある」とスティーブはいった。「でもリスクをとるなら、いましかないだろう?」

「そうよ」とテッサはいった。「いま爆発したって、直せばいいんだから」。そういって、みんなの表情に気づいた。「やだ、言葉のあやよ。心配しないで、ロボットはぶっ壊れたりしないから」

 木曜日になった。金曜日のホテルでの試験運用のために、あと8時間でプロトタイプをつくらなくてはならない。普通に考えたら間に合うはずがない。だが僕らはプロトタイプを時間内に仕上げた。それには2つのトリックがあった。

(1)大変な作業のほとんどはもう終わっていた。水曜日のうちに、テストするアイデアを決定し、テストするソリューションをくわしく書き出していた。残るは実行だけだった。

(2)ロボットはまだホテル内を自律走行する必要はなかった。この時点では、客室に歯ブラシを1本届けるという、限られたタスクをうまくやっているように見せればそれでよかった。

 ロボットエンジニアのテッサ・ラウとアリソン・ツェーは、プレイステーションのコントローラーでロボットを操作できるよう、おんぼろのラップトップを使ってプログラミングを行い、ロボットの動きを微調整した。エイドリアンは巨大なヘッドフォンをかぶって効果音を制作した。僕らはiPad上にロボットの「顔」をつくり、ロボットのてっぺんにとりつけた。午後5時にはすべての準備が整った。

●「運命の瞬間」を目撃せよ

 金曜日、地元カリフォルニア州クパチーノのスターウッドホテルで、ゲストのインタビューを行った。朝7時、客室の壁に2台のウェブカメラをダクトテープで貼りつけて、即席研究室を立ち上げた。午前9時14分、1人めのゲストのインタビューの始まりだ。

 ゲストの若い女性は客室の内装を見回した。白木の家具、ナチュラルなテイスト、新しめのテレビ。モダンで快適な部屋だけど、何も変わったところはないようね。とすると、このインタビューはいったい何のためかしら?

 彼女の隣に立っていたのはGV(グーグル・ベンチャーズ)のリサーチパートナー、マイケル・マーゴリスだ。マイケルはこの時点ではテストの対象をまだ秘密にしておきたかった。彼はサヴィオークのチームが選んだ質問に答えを出せるように、インタビューの構成を練っていた。

 マイケルは、「これから旅行の習慣に関する質問をするが、お届けものが来たら普段通り反応してほしい」と説明した。そしてメガネを押し上げながら、ホテルに到着したときの習慣について質問した。スーツケースはどこに置きますか? 荷物を開けるのはいつ? そして、歯ブラシを忘れたことに気づいたらどうしますか?

「さあ、どうかしら、たぶんフロントに電話するわね」

 マイケルはクリップボードにメモした。そして「オーケイ」といって机の電話を指さし、「どうぞ電話をかけてください」といった。彼女はダイアルした。「かしこまりました」と受付係はいった。「すぐに歯ブラシをおもちします」

 女性が受話器を戻すと、マイケルは質問を続けた。いつも同じスーツケースを使いますか? 最近旅行で何かをもってくるのを忘れたのはいつですか?

 プルルル……机の電話が鳴って答えをさえぎった。女性が受話器を上げると自動メッセージが流れた。「歯ブラシのお届けに参りました」

 女性は何の気なしに部屋を横切り、ハンドルを回してドアを開けた。そのころ本社のスプリントチームは画面に張りつき、彼女の反応を目を皿にして見守っていた。

「うそでしょ」と彼女はいった。「ロボットじゃないの!」

 ピカピカのハッチがゆっくり開いた。中には歯ブラシが1本入っている。女性がスクリーンをタッチしてお届けを確認すると、チャイムとビープ音が鳴った。彼女がこの体験に5つ星の評価を与えると、小さなマシンは前後に体を揺らしてハッピーダンスをした。

「まあカワイイ!」と彼女はいった。「ロボットに会えるなら、もうここにしか泊まらないわ」

 でも僕らを一番喜ばせたのは、この言葉じゃない。ライブビデオを通して見た満面の笑顔だ。それに、彼女がやらなかったこともだ――女性はロボットとのやりとりで、ぎこちないためらいや苛立ちを見せることはなかった。

●自信をもって「賭け」をする

 1人めのインタビューの間、僕らは不安でドキドキしながらライブビデオを見ていた。でも2人め、3人めになると、笑い声や歓声さえあげた。ゲストというゲストがみな同じ反応をしたのだ。初めてロボットを見て興奮し、問題なく歯ブラシを受けとり、タッチスクリーンでお届けを確認し、ロボットを送り返した。もう一度ロボットを見たいがために、二度めのお届けを頼みたがった。ロボットと自撮りをする人までいた。でもロボットと会話しようとした人は1人もいなかった。

 一日の終わりに、ホワイトボードは(肯定的な反応を表す)緑色のメモでいっぱいになった。賛否両論あったロボットの個性は―まばたきや効果音、それに「ハッピーダンス」さえ―文句なしの成功だった。サヴィオークはスプリントを行うまで、ロボットの能力について過大な期待をもたれないよう、神経をとがらせていた。でもロボットに愛嬌のある個性を与えることが、ゲストの満足度を高める秘訣だとわかった。

 もちろん、すべてが細部にいたるまで完璧だったわけじゃない。タッチスクリーンの反応は鈍かったし、効果音のタイミングがずれたところもあった。それにロボットのタッチスクリーンで簡単なゲームを遊べるようにするというアイデアは、まったくウケなかった。

 こうした不備のせいで、エンジニアリング作業の優先順位を見直す必要が生じたが、本番までにまだ時間はあった。

 3週間後、リレイはホテルでフルタイム勤務を開始した。

 ロボットは大反響を呼んだ。チャーミングなロボットを紹介する記事がニューヨークタイムズとワシントンポストに載り、最初のひと月で10億ドル相当のメディア露出が得られた。

 でも何よりよかったのは、ロボットがゲストに気に入られたことだ。夏が終わるまでに新型ロボットへの注文が殺到し、生産が追いつかない状況が続いた。

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