票の割れを起こすぞと脅しをかけるのは愉快なトランプ氏のオリジナルな行為だが、票の割れ自体は、アメリカ大統領選ではときおり起こっている。

●ネーダーが参戦しなければイスラム国は誕生しなかった?

 2000年のアメリカ大統領選では、民主党が指名するゴアと共和党が指名するブッシュが二大政党による主要な候補だった。当初の見込みだとゴアが有利だったが、途中で異変が起こる。「第三の候補」として緑の党からネーダーが参戦したのだ。

 ネーダーに勝つ見込みはない。だが彼の支持層は、ゴアの支持層とかぶる。最終的にネーダーはゴアの票を一部奪い、それが致命傷となってゴアは敗北、ブッシュが逆転勝利した(※注1)。「多数決」とはいうものの、その結果が多数意見を反映するとは限らない。

 この逆転劇はその後の世界情勢に少なからぬ影響を与えた。ブッシュが大統領になった2001年に、アメリカは同時多発テロの被害に遭った。彼は報復として同年にアフガニスタン侵攻を開始、2003年にはその延長線上にイラク侵攻を開始する。

 イラクはフセイン政権が倒れて「民主化」するが、統治は安定しない。結局フセイン政権の残党が、イスラム過激派の組織を結成してイラクの一部を奪回する。それが母体となって準国家IS(いわゆる「イスラム国」)にまで成長、今や世界的な安全保障上の脅威だ。

 イラク侵攻は当時からアメリカ国内でも反対が強いものだったが、これは自分の父親が大統領だった頃からフセインと因縁深いブッシュが大統領であったからこそ起こったものだと考えられている。

 歴史に「もし」はなくとも、「ありえたはずの現在」としてを考えるのは、今ある現在をよりよく理解するうえで、また未来への選択を考えるうえで有用なことだ。

 もしゴアが大統領ならイラク侵攻は起こらず、ISをめぐる混乱の数々は起こらなかっただろう。それはネーダーが立候補しなければ、ありえたはずの現在なのだ。

 むろんこれはISの誕生がネーダーのせいだと言っているわけではない。ネーダーは単にある年のアメリカ大統領選に信念を持って立候補しただけで、イラクへの開戦判断には何ひとつ関係していない。

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