「多数決」はあらゆるところで使われている。このところ頻繁に行われる予定の選挙など、最たるものだろう。しかし、『「多数決」を疑う――「みんなの意見のまとめ方」を科学する』の著者である坂井豊貴氏によると、「多数決は多数派の意見さえ尊重できないときがある、欠陥だらけの制度」だという。その「欠陥」とは何だろうか。
(『「決め方」の経済学』から一部を特別に公開します)
●共和党予備選前に起きた一騒動
アメリカには民主党と共和党の二大政党がある。大統領選でも、民主党が指名する候補と共和党が指名する候補が激戦を繰り広げるのが通常だ。1852年に大統領の座を射止めた民主党のフランクリン・ピアース以降、これら両党以外から大統領が出たことはない。
各党が指名する候補を決める段階には、予備選と呼ばれる党内選挙がある。
2016年に行われる大統領選の前年、2015年には、予備選が始まる段階で、共和党の指名をめぐる奇妙なひと騒動があった。
ドナルド・トランプは「お前はクビだ!(You’re fired!)」と脱落者に宣告するテレビショー「アプレンティス(実習生)」で人気を博した、過激な発言が目立つ不動産王だ。彼は共和党の指名を獲得したい。
そして指名獲得の争いに加わるためには「自分が指名されなかったときに、大統領選に立候補しない」という宣誓に署名する必要がある。ここで何としても指名を得たいトランプは、いっとき署名を拒んでみせた。
これは何を狙ってのことだろう。
●トランプの狙いは「票の割れ」
仮に共和党がトランプ以外の人を指名したとしよう。その人と、民主党が指名する候補が、二大政党が擁立する候補だ。これら両名が激戦を繰り広げるなかへトランプが乱入したら、共和党の票が割れてしまう。
トランプは勝てずとも、共和党の指名候補と共倒れする程度のことはできる。署名を拒むのが「オレを指名しないと共和党を負けさせるぞ」という脅しとして働くわけだ。
最終的にトランプは党の上層部の説得に折れ(あるいは行為の不利を悟り)、宣誓に署名した。ただし大統領選に出馬するのはアメリカ国民の重要な権利の1つだから、宣誓に法的拘束力はない。あくまで道義上の紳士協定だ。