●新事業支援サイトの狙い
そうした成功体験を基にして、ソニーが7月1日に立ち上げたのが、新規事業の支援サイト「ファーストフライト」だ。
ヤフーと連携し決済機能を取り入れることで、サイトを通じたクラウドファンディングと、開発した製品のネット販売を可能にしたという。
ソニーの源流でもある“開拓者精神”にあふれた人材を、側面支援するのがサイトの大きな狙いだが、そこにはソニーとしてやる気のある人材の流出に、歯止めをかけたいという思いも垣間見える。
ソニーの近年の歴史は、テレビなど家電製品のグローバル競争で後塵を拝したことで、「赤字計上→新たな挑戦や成長に向けた資金の減少→ブランド力の低下」という悪循環から抜け出せず、人員削減・人材流出が続いてきたという経緯があるからだ。
特に、ソニーを離れた人たちが続々と新会社を立ち上げ、コスト削減によって埋もれてしまった技術に再び息を吹きこうもと汗を流し、伸び伸びと仕事をしている姿に、「羨望の眼差しを送るようなソニー社内の雰囲気は、ここ数年でかなり強くなったと感じる」とOBの一人は話す。
それだけに、現場から生まれる成長への新たな胎動に正面から対応できなければ、ソニーにとっての貴重な人材が、一段と外部に流出することは避けられなかったように見える。
●透けて見える経営陣の求心力
一連の新規事業の創出を巡って、唯一気がかりなのは、ソニーが内部の資金をどれだけ投下し、支援していこうとしているのかということだ。
クラウドファンディングという外部資金に頼ると、製品を早い段階から市場の厳しい目にさらし、選別のふるいにかけられる一方で、ソニーの中にとどまり、製品開発を続けることの“必然性”はどうしても薄れてしまう。
FESウオッチのように、自社の生産拠点を生かすことで、いち早く製品化できる強みはあるものの、内部の資金援助が十分でなく、外に出ようという遠心力が働いたときには、それだけでは大きな抑止力にはなり得ないだろう。
折しも、ソニーは公募増資などによって4200億円の資金調達を計画している。資金は主に、需要が好調な画像センサーの増産に充てるというが、新規事業への投資の話はまだ聞こえて来ない。
「安全なことだけしかやらないのであれば、企業としては今後伸びていかない」
平井社長がそう話すように、ソニーにとって新たな挑戦に向けた投資は不可欠だ。
現場から生まれた胎動をどう大きく育て、ブランド力の向上につなげいくか。今後の取り組みによっては、現場の底力だけでなく、平井社長をはじめとした経営陣の求心力も透けて見えてきそうだ。