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第30回 戦後官僚主導体制は何を作ったのか

文・堺屋太一

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1.戦前は官軍専政、戦後は官僚主導

 第2次世界大戦前の日本は、天皇制に名を借りた官僚・軍人専制だった。それが戦後は民主主義の名を冠した官僚主導制になった。

 戦争前の体制は、高等文官試験に合格した官僚と陸海軍大学校を卒業した軍人の専政だった。特に昭和に入る頃からは議会や天皇側近による制御も効かなくなる。

 戦後の体制は官僚主導、内閣は官僚機構の調整機関として、国会議員は官僚機構への陳情団になっている。

2.戦後の官僚主導はいつ確立したか

 戦後直ぐ、佐藤内閣までは総理大臣の主導力が効いていた。

 吉田はマッカーサーの権威を借りて日本を主導したし、池田は独自のブレーン集団で「所得倍増計画」を立案した。佐藤の沖縄返還も総理自身の発想である。佐藤内閣までは各省の高級官僚は「総理官邸への近さ」を競い合ったものだ。
 この傾向は田中内閣初期も同様だった。田中総理は絶大な人気と独自の発想で政治をリードしていた。

 ところが、1973年11月、石油ショックで田中人気は急降下、政治は主導権を失う。事後、三木、福田、大平、鈴木と2年毎に内閣が代わる。これでは政治(政党や国会議員)は主導権が取れない。自ずと官僚に主導権が移った。そして未だに戻らない。戦後官僚主導は1970年代に完成したのである。

3.官僚主導の構造

 政治がロッキード事件と短期内閣で主導力を失う反面、官僚たちには「政治がどうであれ、われわれ官僚が日本の方針を定めねばならない」という責任感と権力意識が高まった。官僚機構は各省記者クラブなどを通じて情報を流すことでマスコミをも加えた官報複合体を形成、「世論」をもリードした。

 一方、官僚機構内の勢力均衡によって、経済成長政策や地域開発政策、社会福祉政策、教育統制などが拡大する。経済成長の余力を各省権限にバラまいたのである。
ここで政治家の役割は官僚機構への陳情団になり下がった。

4.官僚主導は何を作ったのか

 戦後の官僚主導体制は何を目指したのか。それは次の3つである。

(1)安全で正確な国
 官僚は本能的に取締り権力意識が強い。従ってあらゆる分野の規制基準を強化して安全で正確な国を作ろうとした。

 官僚たちは競って事件事故の危なさをPRし、取締り権限を強化した。その結果、日本は犯罪の少ない安心な国となり、事故の少ない安全な国となった。また、汚職を取締り、政治献金を規制した。

 国民が献金によって支持政党を応援する道を途絶して官僚主導を強化したのである。

(2)東京一極集中

 官僚はみな東京人であり、東京一極集中は官僚全体の利便にかなう。従って、あらゆる権限を東京に集めた。特に「全国的頭脳機能」たる産業経済の中枢管理機能、情報発信機能、文化創造機能の3つは「東京以外でしてはならない」と決めた。

 その結果、東京以外の地方は「手足の機能」に限られた。つまり「製造業、農業、建設業の現場」になった。工場の地方移転、公共事業のバラマキ、農産物価格の高価格維持は東京一極集中の代償である。

(3)人生の規格化

 官僚は統制好き、規格化好きである。従って、日本国民すべての人生を規格化した。

 官僚の定めた「あるべき日本人の人生」とは次のようなものだ。

[1]日本人は生まれるとすぐ教育を受けるべきである。幼児教育を普及した。

[2]教育を終えれば直ぐ就業すべし、間を開けるNEETは良くない。

[3]就業して一定の蓄財をしてから結婚すべきだ。教育期間中の結婚は不良である。

[4]結婚してから出産すべし、結婚前の出産は良くない。
 子育ては男女が共同で行うべし、それが日本的健全な家庭である。祖父母に任すのも良くない。

[5]子育てが進むと住宅ローンを組んで小住宅を買え、人生の中年期は住宅ローンの返済に努めよ。それが可能なように終身雇用年功型の職場を選べ。

[6]住宅ローンを払い終えればもう中高年、あとは老後に備えて年金を支払え。老後は子供たちの世話にならずに静かに生きよ。

 というのである。

 日本の税制、福祉、教育政策は上の官僚制人生規格に従って生きた者に有利にできている。マスコミもまたそれを推奨した。

5.官僚主導体制への順応と反発

 官僚主導体制は古くなった部分、弱くなった部分を潰して自己増殖する。この流れに添ったのが中曾根内閣の国鉄等3公社の民営化、そして小泉内閣の郵政民営化である。この2つの内閣が長期政権となり得たのは官僚主導の流れを巧みに利用したからである。

 逆に、官僚主導に逆らったのは「ふるさと創生」を掲げた竹下内閣と首都機能移転に本気で取り組んだ橋本内閣だ。この2つの内閣が短期間で終わったのは官僚主導に逆らったからともいえる。

6.戦後官僚主導体制の行き詰り

 政治家を政党助成金で「第二公務員化」し、マスコミを手懐けて官報複合体を形成した戦後官僚主導だが、今や深刻な危機にある。前述の人生順序の通りに生きれば教育年限が延びるに従って、日本人の結婚年齢が高くなり出産年齢も高齢化する。その結果、少子化が進むことになる。

 加えて、「製造業と建設業と農業の現場」と位置付けられた結果、地方の衰退が進み過ぎ、それが今や官僚機構の重大な一部である地方行政機関が崩壊の危機にある。

7.官僚主導を打切り「三度目の日本」を

 少子化と地方崩壊の危機に直面した戦後官僚主導体制が選ぶべき道は2つある。

 第1は官僚機構自体が主導権を放棄して、自ら築いた倫理と東京一極集中政策と人生順序を放棄すること、第2は強力な政治力で官僚主導をぶっ潰すことである。

 幕末維新は前者で、第2次世界大戦後の改革は後者であった。これからの数年でそのいずれかが実現するだろうか。

(週刊朝日2015年9月18日号「堺屋太一が見た戦後ニッポン70年」連載58に連動)


(更新 2015/11/ 6 )


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プロフィール

堺屋太一(さかいや・たいち)

 1935年生まれ。本名は池口小太郎。60年に通商産業省に入省し、大阪万博をプロデュース。退官後は作家・経済評論家として活躍。経済企画庁長官を務め、現在は内閣官房参与。主な著書に『団塊の世代』(文春文庫)、『平成三十年』(朝日文庫)など