しかし、初期の「InRed」のコンセプトと、30代の小泉今日子のありようがマッチしていたかは疑問です。そのころ小泉今日子は、「『女子』としての魅力」より、「プロの『女優』にしかない凄味」を感じさせる存在になっていました。

 ゼロ年代の「InRed」に載せられた小泉今日子のポートレートは、かなりの完成度に達しています。海外ブランドのドレス、トラッドなマリンルック、和服……さまざまなコスチュームを身にまとい、小泉今日子は誌面を彩っています。着ている服やロケーション、季節、天候。撮影された状況にあわせ、彼女の表情や雰囲気は変幻自在です。それは、経験豊かな女優だからこそ可能な業(わざ)といえます。

 プロとして仕事をしているとき、それが高度なものであればあるほど、その人の存在から「性別」は消えます。たとえば、被告人の弁護士が男性か女性かを、法廷にいる裁判官はほとんど意識しないはずです。「女優は女でない」と、演劇業界でしばしばいわれるのもこのためです。

 性別に立脚した「女子の魅力」は、プロフェッショナルとして振る舞っているさなかには背後に隠れます(そもそも、「社会的評価につながらないかわいらしさ」にこだわるのが「女子」でした。「プロとしてふるまうこと」と「女子らしくあること」は、相容れなくて当然です)。「InRed」に載せられた小泉今日子のファッションフォトは、まさしくそのことを感じさせます。「女子」の雰囲気は、「女優」としての迫力に覆い隠されているのです。

 同じ「InRed」のアイコンでも、Puffyのふたりは、どの服を着ても似たような表情を浮かべています。彼女たちは「歌のプロ」なので、モデルとしてはアマチュアに徹しているのでしょう。そのぶんかえって、Puffyのポートレートには、小泉今日子のそれより「女子」感が漂っています。

「InRed」に載った小泉今日子の写真でいうと、エッセイに付されたものの方にむしろ「女子」らしさを感じます。『小泉今日子の半径100m』には、彼女のプライベートフォトが載っています。『小泉今日子実行委員会』に添えられているのは、ヨガや農作業など「初めてやること」に挑戦する姿をとらえたものです。どちらにも、プロとして仕事しているときとは違う、アマチュアの顔をした小泉今日子が写っているのです。

■小泉今日子と「美魔女」の違いとは?

「30代女子」にむけて「InRed」を刊行していた宝島社は、2010年に40代女性をターゲットにした雑誌を創刊します。「大人女子」を謳い文句にした「GLOW」です。初期の「InRed」に登場していた永作博美やYouは、そのころ40代に差しかかっていました。彼女たちは「InRed」を卒業し、「GLOW」のアイコンの役割を引きうけます。

 小泉今日子も、「InRed」ではなく「GLOW」の誌面を彩るようになりました。「GLOW」は、40代の「女子=プライベートな空間でより輝く存在」を対象にしています。誌面に登場するのは一流のプロフェッショナルが中心です。40歳を越えたら、それなりの社会的達成を遂げていないとプライベートも楽しめない。それがこの雑誌の主張なのでしょう。個人的には、「GLOW」の小泉今日子は、「InRed」の彼女より魅力的に映ります。熟練の「女優」ならではのたたずまいが、雑誌の雰囲気にぴったりだからです。

 女性誌には「赤文字系」と「青文字系」の二系統があるとしばしば指摘されます。「赤文字系」は、「男性からもてること」につながるコンサバ系スタイルを提案します。「JJ」や「CanCan」「ViVi」などが典型です。これに対し「青文字系」は、ストリート系カジュアルファッションに焦点を当てます。読者は、「モテ」よりも「自分の好きな恰好をすること」を優先するタイプです。「Zipper」や「CUTiE」などが「青文字系」に分類されています。「自分自身のために費やされる女らしさ」につながる「女子」は、「青文字系」メディアで発展した概念です(「女子力」が「男性に対するアピール度」の意味で使われることもあり、紛らわしいのですが)。

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