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トップスビルの思い出

文・中島かずき

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 この間、新宿で打ち合わせがありました。待ち合わせ場所をどうするかと聞かれて、つい「じゃあ、ニュートップスで」と言いそうになり、「ああ、もうビルごとなくなってしまったんだなあ」と、改めて思い当たり寂しくなりました。

 新宿紀伊国屋書店本店裏手のはす向かいにあった、トップスビルは思い出深い建物です。
 まだビルになる前、ニュートップスは二階建ての喫茶店でした。
 会社に入って間もない頃、憧れの出版社に入ったものの、編集ではなく広告営業。まあ、補欠でギリギリ滑り込み「編集じゃなくて広告だけどそれでもいいか」という会社の問いに、とにかく入ればいいやと「やりますやります、なんでもやります」と安請け合いして入社した身。今さら文句は言えないが、だからといって、やっぱり編集がやりたいという気持ちは抑えきれない。いや、より近くなった分だけ、一層憧れの気持ちはつのる。なんとも悶々とした気持ちをもてあましながら、紀伊国屋で文庫を買って、このニュートップスの片隅の堅い椅子に座りページをめくっていた。この店の思い出はそこから始まります。

 さて、それから二、三年たって、いつの間にか喫茶店は8階建てのビルに建て替わっていました。
 1、2階は喫茶店。
 3階にバーがあって、その上に劇場ができた。これがシアタートップスです。
 新感線が初めて東京公演をおこなったのが、この劇場です。
 当時、1980年代後半は、まだまだ大阪の小劇場劇団が東京公演を行うのはハードルが高かった。大阪の劇団が東京で人気を得ることは難しい。そう考えられていた時代でした。
 同じ大阪芸大を母体とした南河内万歳一座(みなみかわちばんざいいちざ)は、タイニイ・アリスという小劇場のアリス・フェスティバルに呼ばれる形で初の東京公演を成功裏に終わらせました。当時はこういう劇場主催のフェスティバルで注目されて延びてゆく若手劇団も多かったのです。フェスティバルに参加だと小屋代がタダになるのも魅力でした。
 新感線もタイニイ・アリスでというお誘いはあったのですが、残念ながら当時から多数の照明を吊り大きなスピーカーで大音量のロックを流していた新感線が公演を打つには小屋が小さすぎた。
 結局、自分達で小屋を借りるしかない。
 その頃のシアタートップスは、高橋いさをさんの劇団ショーマや鈴木聡さんのサラリーマン新劇喇叭屋(らっぱや)など人気の若手小劇場が公演を打つ小屋というイメージがありました。
 新感線が公演するならここだろう。ここで東京のこじゃれた芝居を観ているお客に一泡吹かせてやろう。
 肩に力を入れるだけ入れて突っ張りまくった結果、照明や舞台装置に懲りすぎて丸二日不眠不休でやっても仕込みが終わらない。装置が大きすぎて入らず客席つぶしてアクティングエリアを作り当時の佐々木支配人に、「君たちはお客さんを入れる気があるのか」と呆れられたりもしました。効果音が大き過ぎて下のバーから苦情が来たり、誰もやったことがないからと、客席から宙吊りでキャストを登場させたり。結婚して子供が出来て、かみさんが新感線の公演を見ている間、階段で赤ん坊をあやしながら待っていたり、それなりに集客できるようになっても、向かいの紀伊國屋ホールで第三舞台が超満員なのを見ると、「自分達はまだまだだなあ。あんな風にお客さんが集まってくれる日が来るのかなあ」と、やっぱり悶々とした気持ちを持て余したり。
 喫茶店のニュートップスはいのうえとの打ち合わせや待ち合わせにはしょっちゅう使っていました。演劇や出版関係者も多く、噂だけしか知らない新宿文化の残り香を感じました。
 地下の串焼き屋は美味しいのですが、当時の自分達としてはちょっと贅沢な店でした。
 その頃既に30になろうとしていたので、青春と言うにはとうが立っているのですが、それでも今振り返ると、自信や希望や不安や焦りという若い頃特有の色鮮やかな感情が詰まった、思い出のビルでした。

 先日、前を通りかかったら、シャッターがおり窓にも板が張られ、まもなく解体されるような雰囲気でした。
 ほんとになくなっちゃうんだなあ。そんな思いでぼんやり見上げていたために、打ち合わせに遅れてしまいました。


(更新 2009/10/15 )


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プロフィール

中島 かずき(なかしま・かずき)

 劇作家、脚本家。福岡県出身。1985年より劇団☆新感線の座付き作家に。「阿修羅城の瞳」「髑髏城の七人」などの物語性を重視したエンターテイメント時代活劇"いのうえ歌舞伎"を多く生み出す。「アテルイ」で第47回岸田國士戯曲賞受賞。コミック原作や、アニメ「天元突破グレンラガン」(07、09)脚本・シリーズ構成、「仮面ライダーフォーゼ」(11)メイン脚本など幅広く活躍。脚本を手がけた「真田十勇士」(演出:宮田慶子、主演:上川隆也)が8月から上演される

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